シナイ半島で横行するエリトリア難民への人身売買、ヒューマン・ライツ・ウォッチが実態告発

スーダン東部とエジプトのシナイ半島で、人身売買業者らが、エリトリアから逃れた人たちを誘拐・拷問・殺害している――。こんな恐ろしい現状をまとめた報告書をヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)はこのほど、発表した。報告書のタイトルは「そのまま死にたかった:スーダンとエジプトでのエリトリア人に対する人身売買と拷問」。

■政府の役人も共犯

報告書によると、エジプトの人身売買業者らは2010年以降、シナイ半島で、数百~数千人のエリトリア人を身代金目的で拷問してきた。また、スーダン東部でも、人身売買業者らがエリトリア人を拷問している実態がわかっている。ところがスーダン、エジプト両国の治安部隊はそれを放置しているどころか、共犯者の政府治安当局者すらいるとの事実もある、と報告書は明らかにした。

HRWの難民問題上級調査員で、報告書の著者でもあるゲリー・シンプソン氏は「これらの人権侵害をエジプト政府は認めていない。エジプト、スーダン両政府は、自国で横行するエリトリア人への拷問や身代金の要求をやめさせ、また人身売買業者と共犯関係にある治安当局者を訴追すべきだ」と強く訴える。両政府の対応は、拷問等禁止条約や国際人権法、人身売買を禁じる国内・国際法(エジプトのみ)に違反しているのは明らかだ。

報告書の作成にあたってHRWはエリトリア人37人、エジプトのNGOは同22人をヒアリングした。その結果、被害者の多くが、スーダン東部にある、エリトリアとの国境に近いカッサラの近郊か、エジプト東部のシナイ半島にあり、イスラエルとの国境に近いアリシュの郊外で、数週~数カ月にわたって人権侵害を受けていたことがわかった。HRWは人身売買業者2人にも聞き取りしたが、1人は数十人への拷問を認めた。

■400万円の身代金も

エリトリア人の証言によれば、エジプト人の人身売買業者らは、拷問することで被害者の親族から最高4万ドル(約400万円)を脅し取ったという。拷問方法は、女性・男性へのレイプ、電気ショック、性器などに熱した鉄や沸騰したお湯、溶けたプラスチック、ゴム、タバコでやけどを負わせること、金属棒やムチでの殴打、天井からの吊下げ、殺害の脅迫、長期間の睡眠妨害など。「拷問で命を落とした被害者も目撃した」と語った被害者も多かった。

母国での弾圧や貧困を背景に、20万人以上のエリトリア人が2004年以降、スーダンとエチオピアの国境にある難民キャンプに逃れた。射殺命令を受けたエリトリア国境警備隊の目を盗んで、命がけで脱出したという。だが難民キャンプの中やその周辺に仕事はない。このため2010年までに数万人のエリトリア人が、密入国業者に金銭を払い、シナイ半島経由でイスラエルに渡ったとみられる。

こうした動きに対抗してイスラエル政府は2011年、シナイ半島のエジプト国境沿い240キロメートルにわたって巨大フェンスを建設した。エリトリア人が入国できないようにするためだ。

すると人身売買業者らは、スーダン東部で、数千人とみられるエリトリア人を誘拐し、シナイ半島のエジプト人の人身売買業者らに売り飛ばすようになった。エリトリア人の被害者のひとりは「エジプトの治安当局と人身売買業者は共謀している」と証言する。

■起訴されたのはたった1人

被害者の家族が仮に身代金を払い、人身売買業者がエリトリア人を解放したところで、今度はエジプト警察がその人の身柄を数カ月拘束するケースも少なくない。エジプト当局は、エリトリア人を不法入国で起訴し、エジプト国内で難民申請を審査する国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)との接触も許していない。

HRWは「エジプト政府は、シナイ半島の治安部隊を増員し、人身売買業者を、とくにアリシュ近郊で逮捕すべきだ。また、スエズ運河とシナイ半島で人身売買業者と共犯する治安当局者も捜査しなければならない。スーダン政府は、カッサラ市内と周辺、また警察署で、警察高官が人身売買業者と共犯関係にある現状を捜査すべき」と指摘する。

報告書によると、2013年12月時点で、エジプトの検察が起訴した人身売買業者はわずか1人。スーダンでは人身売買業者が関与した事件が14件、警官4人が訴追されているという。

こうした事態を懸念してHRWは、米国や欧州連合(EU)などドナー(援助国・機関)に「エジプトとスーダン両政府に対し、人身売買業者への捜査と訴追、人身売買業者と共犯関係にある治安当局者の捜査を強く働きかけるべきだ」と働きかけている。

(堤環作)