ミャンマー政府は新年度が始まった6月1日、日本の教育専門家が改訂に携わった小学1年生用の教科書を全国で一斉導入した。この教科書は、国際協力機構(JICA)が2014年に始めた「初等教育カリキュラム改訂プロジェクト(CREATE)」で作成を支援したもの。教師が一方的に教える暗記中心の授業から、実験・観察・意見交換を増やす「児童主体の授業」に切り替えることを目指す。
■水中生物はカメ・クジラ・魚だけ!
CREATEで改訂した教科書は、ミャンマー語、英語、算数、理科、社会、体育、道徳・公民、ライフスキル、音楽、図工の小学1年生の全教科。約40人の日本の教育専門家が、各教科の内容や指導法を発案したほか、教科書の編集・デザインも手がけた。
主な変更点をみると、理科の授業では実験や観察を増やす。実験の経過を表やグラフなどに整理し、考察させることで児童の思考力を鍛えるのが狙いだ。
ミャンマーではこれまで、理科の授業でも、実験や観察は一切なかったという。なぜなら植物の成長の様子はすべて教科書に書いているからだ。東京外国語大学に留学中のミャンマー人学生へインデモーさん(21)は「教科書通りの答え方をしないと、テストでは正解にならなかった。たとえば水の中に住む生き物は?という問いがあったら、教科書に載っているカメ・クジラ・魚と答えないと不正解になる」と苦笑いする。
国語の授業では児童同士の意見交換の時間を設ける。児童が自分の意見をもち、それを発信する能力を強化することに重点を置く。
ミャンマーでは古くから寺院で、仏典の暗唱を通して児童に読み書きを教えていた。この影響を受け、教師の後に続いて、児童にひたすら教科書を読み上げさせ、暗記させるという方法(ミャンマーの小学校の授業のようす)が現在まで採られてきた。
「ミャンマーでは授業中、先生は教科書に書いてあることしか説明しない。先生は児童に意見を求めないし、児童も先生に質問しない。児童は何も考えず、ひたすら暗唱している」(へインデモーさん)
■教科書だけ変えても先生は‥‥
新しい教科書で変わるのは中身(教育のやり方)だけではない。児童に興味をもってもらえるようなデザインにした。
たとえば算数の教科書。これまでは単なる2つの線の長さを比べていたが、改訂後は2本の鉛筆のカラーイラストに変えた。また、新しい科目のライフスキルでは、ミャンマーでは地震が多いことから、地震が起きたらどう対処するのかなどをわかりやすく説明した。
ただ難しいのは教科書を変えたところで、本当に教育は変わるのかという点。東京外大で学ぶミャンマー人留学生のチョウカンさん(21)は「教科書だけ変えても、先生が変わらなかったら意味がない。教科書の内容とは違った児童の意見も認めてくれる先生を増やしていかないと」と話す。
この問題に配慮してJICAは、日本の小学校の教師用指導書を参考に、ミャンマーの全教科の教師用指導書を作って配った。同時にミャンマー全土の教師に対して、教科の考え方や授業の目標の立て方などを紹介する研修を実施している。教師は、これまでのような“知識の伝達者”から、子どもたちが主体的に授業に参加することを促す“ファシリテーター”の役割が求められる。
ミャンマーの初等教育(1~5年生)の純就学率は90%(国連教育科学文化機関=UNESCO、2010年)に達した。しかし中退率は学年が進むにつれて上昇し、5年生では23%(ミャンマー教育省、2011年)にのぼる。その原因は、家庭の貧困だけではなく、子どもの興味がわくような、自ら考え、伝える授業がないことだとされる。
こうした事態を懸案し、2011年の民政移管で誕生したテインセイン前政権(連邦団結発展党=USDP)は、国家教育法の制定、教育基本法の改訂、学制改革、基礎教育行政の地方分権化など、大規模な教育改革を推し進めた。それが、2016年に成立したアウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)政権に受け継がれている。