「低価格競争」と「コンプライアンス」の両立は可能か? ヒューマンライツ・ナウがバングラデシュの縫製工場を実態調査

人権NGOヒューマンライツ・ナウはこのほど、バングラデシュに5600あるといわれる縫製工場に勤務する労働者の実態について調べた声明を発表した。縫製工場が多く入居していたラナプラザ・ビルが2013年4月24日に倒壊して1年以上、労働者の人権侵害はいまだに深刻だと強調。「(欧米のアパレルメーカーは)自社の信用を落とさないためにコンプライアンス(法令順守)をチェックするが、労働環境の改善に必要な資金は投じない。低価格競争を生産現場に押し付けたままだ」と批判した。

声明のポイントは下のとおり。

■ラナプラザの事故では死者1100人以上、負傷者2500人以上、行方不明者200人近くを出した。だが遺族、被害者への補償は不十分。バングラデシュではこの事故を契機に、工場の安全対策を強化する施策が進められているが、その中身は労働者の人権をベースに置いたものではない。

■事故から7カ月後の13年12月、バングラデシュの縫製産業従事者の最低賃金は1カ月3000タカ(約4000円)から5300タカ(約7200円)に引き上げられた。しかし労働者の生活水準の改善にはつながっていない。賃上げを背景に、首都ダッカでは家賃が賃上げ率を上回るレベルで上昇したためだ。縫製工場の労働者が朝から深夜まで働いても、スラムなど、狭くて不衛生な住環境から抜け出せない。

■労働法が13年7月に改正された。だが評価できるのは、178条(3)で、旧法の「労働組合結成にあたっては加盟した者の名簿を雇用者側に報告しなければならない」という規定を廃止したことぐらい。ただ実態は、労組の結成を試みた労働者を経営者が解雇する違法行為が後を絶たない。なかには逮捕された人もいる。

■バングラデシュで衣料品を生産する欧米のアパレルメーカーは目下、同国の縫製工場のコンプライアンス状況をチェックしているところだ。プライマークやH&Mなどの欧州企業は「バングラデシュにおける火災予防および建設物の安全に関する協定」(アコード)を、また北米のウォルマート、GAP、シアーズなどは「バングラデシュ労働者の安全のための同盟」(アライアンス)をそれぞれ立ち上げた。しかし、コンプライアンスの中身は「工場の安全性」に特化していて、労働者の権利の向上はベースにない。

ヒューマンライツ・ナウが憂慮するのは、安全基準を満たさない工場が閉鎖に追い込まれ、労働者が職を失っている事実だ。これまでにアコードは800以上、アライアンスは約700の工場を検査し、20以上の縫製工場が閉鎖された。この結果、数万人が失業する、と労組関係者は推測する。

■働いて生活の糧を得るという最も重要な労働者の権利が重視されていない。12年に火災を出したタズリーン・ファッションの縫製工場と同じオーナーの工場に勤務する労働者たちは「以前は、工場は外から鍵をかけられていたので、何があっても外に出ることはできなかった。火事の後、鍵はかけられなくなった」と証言。だがその一方で、賃金は2カ月不払いの状態。また、オーナーが工場を売り払うのを阻止するため、労働者らは工場で寝泊まりしているという。

■欧米のアパレルメーカー(バイヤー)はいまも、熾烈な低価格競争の犠牲を生産現場に強いている。現場で聞かれる声を拾うと、「バイヤーがあまりに低い価格を要求するから、ラナプラザのような事態が起きた。バイヤーは『中国企業ならこの値段ですよ、おたくはどうしますか』と露骨に言ってくる」「バイヤーが決めた価格で労働条件の改善は不可能。バイヤーに価格を上げてくれとは言えない。一度でもそんなことを言ったら、うちの工場に戻ってこないだろう」。

■ラナプラザ事故の生存者の多くが体に障がいを負い、いまも通院している。生存者らによれば、政府から1人当たり1万~2万タカ(1万3600円~2万7200円)、バイヤーのプライマークからは被害者全員に1人4万5000タカ(約6万1200円)、プライマークの発注先の工場で働いていた労働者には9万5000タカ(約12万9200円)の賠償金が払われたという。

国際労働機関(ILO)のイニシアティブで発足した「ラナプラザ支援基金」は4000万ドル(約42億円)を集め、犠牲者・生存者に賠償金を払おうとした。ところが14年8月4日時点で1800万ドル(約19億円)弱しか寄せられていないという。ラナプラザで製品を作っていたとされる34ブランドの多くが責任逃れをしようとしている。

(堤環作)