「医療行為をとるか、政治的中立をとるか」、国境なき医師団の葛藤

北部シリアに設置した仮設病院で治療を行う医師

国境なき医師団(MSF)日本は11月15日、シンポジウム「介入の権利と不介入の権利」と題したパネル討論会を都内で開催した。MSF財団人道問題研究所リサーチディレクターのミカエル・ノイマン氏(写真手前)は「紛争地では、中立の立場を保ちながら活動するのがとても難しい。時には、武装勢力へ加担することを強いられながら、活動しなくてはならないこともある」と、MSFの抱える葛藤を説明した。

MSFは、活動の際に重視するポイントが2つある。ひとつは、傷ついた人に医療を提供すること。もうひとつは、権力者側にも反抗勢力側にも加担せず、双方に政治的メリットを与えないこと。あくまで医療の専門家集団として活動する。しかし現実には中立の立場を貫くことは簡単ではない。

MSFは紛争地に入る前、その国の政府や市民団体などと、医療拠点をどこに置くか、また治療のため遠くの集落へ移動する際の安全をどう確保するか、活動範囲をどうするかなどについて交渉。合意した後、医療の専門家として紛争地に赴く。

MSFにとって治療中や移動中に攻撃を受けないよう、活動拠点を支配する勢力との合意は不可欠だ。ただこれは政治的に悪用されるリスクをはらんでいる。MSFを受け入れた勢力が「“あのMSF”を受け入れているわれわれが正義だ」と国内外に自分たちの正当性をアピールする道具として利用することもあるからだ。

事前の交渉と合意がないとどうなるのか。1年半にわたり内戦の続くシリア。4万人近い死者を出し、250万人が人道支援を必要としているという。MSFはアサド政権と交渉を続けるが、いまだにシリア政府が支配する地域での活動は認められない。

「アサド政権が支配する地域で、合意を得られないまま、MSFはかつて活動したことがある。医療拠点を作って、地域住民や兵士を治療していた。だが数人の医師が殺された。一方、1990年代初めのミャンマーでは、当時の軍事政権がMSFの医療活動中の警備に協力してくれたおかげで、効果的なHIV感染対策ができた」(ノイマン氏)

安全を確保せずに活動を続けることは難しい。このためMSFは、シリア国内では反政府勢力が支配する地域のみでしか活動できず、それ以外の地域では地下ルートを通じて薬品や包帯などの備品を届けるという間接支援しかできていないのが現状だ。

ノイマン氏をはじめパネリストらは「MSFのもつ葛藤を世の中に発信して、ドナー(援助国・機関)やジャーナリスト、研究者を巻き込んで議論し続けることが重要。MSFは政治的な干渉を受けない医師の団体と活動したいが、それを許さない現状がある。多くの人の賛同を得て、紛争地のゲリラや権力者にMSFの活動を容認するよう圧力をかけることが必要になる」との認識で一致した。政治的関与を避け、中立の立場を重んじるMSFだが、活動を始めるためにはどこかで中立性を保つことを妥協しなくていけないジレンマを抱えている。(依岡意人)