イスラエルの農業を支えるタイ人労働者が過労死している――。ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は1月21日、「不当な契約:タイ人労働者に対するイスラエル農業セクターでの人権侵害」と題する報告書を発表した。このなかで、イスラエルで働く出稼ぎタイ人の一部が低賃金、超過労働、危険な労働環境、劣悪な居住環境などを強いられている現状を明らかにした。
報告書の調査でHRWは、イスラエルの北・中・南部の「モシャブ」と呼ばれる農業共同体10カ所でタイ人労働者173人を聞き取りした。その結果、全員が「給与は最低賃金を下回っている」「法定労働時間の上限を超えた労働を強制される」「危険な労働環境に置かれている」と答えた。夏には朝5時から夜11時まで働かされるケースも。休みがないこともあるという。労働者の住まいは、10カ所のうち9カ所で掘っ立て小屋だった。
頭痛や呼吸器疾患、目が焼けるように痛いといった健康被害を訴えるタイ人労働者も少なくなかった。この理由について労働者のひとりは「十分な対策のないままに農薬を散布するせいだと思う」と説明する。イスラエルで医療を受けるのが難しいため、タイから薬を送ってもらう労働者もいた。
労働の過酷さから命を落とすケースも後を絶たない。イスラエルのメディア「ハアレツ」は、政府統計として2008~13年に122人のタイ人労働者がイスラエルで死亡したと報じた。このうち43人の死因を「夜間突然死症候群」と政府当局は断定した。この病気は、若く健康なアジア人男性がかかる心疾患といわれる。また22人の死因は、当局が検死していないため不明だ。
HRWのサラ・リー・ウィットソン中東・北アフリカ局長は「亡くなったタイ人労働者の多さと農業セクターの労働条件との間につながりがあるかどうかははっきりしない。だが現状を見れば、調査が必要なことは明らかだ」と指摘。イスラエル当局に対し、外国人労働者にもイスラエル国民と同様の権利を保護するとともに、劣悪な労働条件と死亡事件の関係を調査するよう訴えた。
イスラエルの農業の成功にはタイ人労働者の貢献は欠かせない。農業セクターの労働力の大部分を約2万5000人のタイ人労働者が埋めている。イスラエルは2011年、タイと2国間の「労働委託に関するタイ・イスラエル協力協定」(TIC)を結んだ。これにより労働許可証を取得するためにタイ人が支払う金額は大幅に下がった。また強制労働に従事するリスクは減ったとみられていた。ところが実態はまだ人権侵害の土壌が残っていることを報告書は浮き彫りにした。
HRWは、イスラエル当局は労働者の権利が侵害された疑いのある事件をただちに捜査し、その雇用主の責任を問うべきだ、と強調する。