好景気に沸くフィリピンで“知られざる社会問題”のひとつとなっているのが「訴訟を抱える子ども」(CICL)の存在だ。この多くは、両親や学校教師らに気にかけてもらえなかったため犯罪に手を染めたといわれる。地元のNGO「少年正義福祉協議会」によると、CICLはフィリピン全土で1万1000人いる。貧困層が大半だ。この問題の根底には、家庭崩壊、親の不仲・離婚、育児放棄、捨て子、出稼ぎによる親の不在、貧困ゆえの学校中退、大家族の負の影響などがある。
CICLが犯した罪のほとんどは、スリや万引きなどの軽犯罪だ。家に居場所がないことから、まずは夜に出歩き始める。ストリートチルドレンになって、憂うつな気持ちを晴らすためにタバコや酒、違法ドラッグを覚える。ラグビーと呼ばれる靴用の接着剤をシンナー代わりに吸う子どももいる。こうしたモノを買うお金欲しさや食べ物を得るために、スリや空き巣に手を染める。また、家族・親せきのお金や貴重品を盗むこともある。
CICLの保護と事情聴取に10年近く付き添ってきたフィリピン人ソーシャルワーカーは「CICLは、犯罪に手を出すしかない状況で生活していることが多い。また、何が悪いかすら分かっていないのが現実だ」と話す。シェルターで保護されるCICLの中には、お金が欲しかったとの理由だけでスタッフの貴重品を盗み、怒られ、初めて、悪いことをしたと気づくケースもあるという。
CICL予備軍とされるストリートチルドレンに対する偏見が強いことも、社会から貧しい子どもを弾き出す要因となっている。中・高所得層のフィリピン人は「ストリートチルドレンは危ない。近づかないほうがいい」「グループでスリをする貧しい子どもがいるから、気を付けて」などと外国人に注意する。「子どもからスリにあった」と警察に行けば、警察は「貧しい子どもは悪事ばかりする」と決めつけて逮捕する。大人と同じ留置所に入れ、警官に虐待されることも。貧しい子どもに救いの手を差し伸べる人は皆無に等しい。
CICLの問題を解決するうえで、最大のネックなのは、こうした子どもたちの親には生活力がないことだ。安定した職に就くのはまれ。だから経済的にも、また精神的にも子どもを育てる余裕はない。そんな親を見て育った子どもにとって、明るい将来をイメージするのは無理というのが実情だろう。
「制服代、食費、交通費を親にもらってまで学校に行こうとは思わなかった。通っていた時は洗濯した白いTシャツ(何でもいいので白いシャツを着ることになっている)がなかったり、交通費分のお小遣いをもらえなかったりしたら、学校を休んでいた」(シェルターで保護されるCICLのひとり)。貧困層の子どもは同じような理由で、徐々に学校に行かなくなり、ドロップアウトしてしまう。
ただ貧困層の雇用を安定させるのはもちろん、一筋縄ではいかない。フィリピン政府は、子どもに教育・保険サービスを受けさせることを条件に現金を支給する制度「条件付き給付制度(CCT)」を導入し、子どものいる貧困家庭への援助を強化した。だが、財源は世界銀行やアジア開発銀行からの貸付。対象地域も限られている。また、フィリピンの労働法は、勤務してから最短6カ月で無条件に正社員になれる、と定めるものの、企業からすれば「5カ月でクビにする」というのが常套手段になっている。
CICLは加害者であると同時に、フィリピン社会の「被害者」だ。2006年の法改正で刑事責任年齢(心身ともに未成熟として刑事裁判の対象外となる。日本は14歳)は9歳から15歳に引き上げられた。だが「状況はここ20年変わっていない」とCICLのためのシェルターを運営するNGOの代表者は話す。貧しい子どもにどうやって希望を与えるか――。経済発展の陰で、フィリピン社会がいまも抱える闇はお決して小さくない。