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- 2015-05-09
- アジア
【フィリピンのど田舎で、モッタイナイとさけぶ(2)】有機農業の拡大を阻む「化学肥料の壁」と闘う!
思わず私は声を張り上げ、フィリピン人に向かって手を伸ばした。「ノー!」。それでも、止めることはできなかった―。
青年海外協力隊員(職種:コミュニティ開発)として、私が配属されるフィリピン・ティナンバック町農業事務所。事務所の裏には50平方メートルほどの農園がある。私が赴任した2014年11月当初は、以前植えた野菜が枯れたまま放置され、雑草は伸び放題だった。
配属先から要請された私の仕事の一つは、有機農業の促進。「せっかくスペースがあるのだから、ここで有機農業の試験栽培をしようよ」。私の提案に、同僚は快諾。雑草を刈り、鍬で耕し、堆肥をまき、ナスやトマト、トウガラシなどを、15年2月中旬から栽培していた。種をまき、育った苗を畑に植え替える。化学肥料は決してまかず、天然素材で作った液肥(液状の肥料)をまくように申し合わせていた。
だが…。15年3月中旬、白い粉を持って農園へ向かうベテラン職員を見かけた。土を掘り返し、土の中へと埋め込む。彼の机の上に残されていたもの、それは化学肥料―。思わず私は叫んでいた。「ノー!」
問い詰めると、この職員は「堆肥と化学肥料をそれぞれ使った場合の生長の違いを実験したかった」と答えた。私は彼に「土が死んでしまう。もうやめてくれ」と説得。それ以上の拡大を防ぐことはできた。
町内で100%の有機農業が実現できるとは思っていない。ただ、農業事務所の農園は、今後有機農業を広めるための「実験の場」。収穫した野菜を売り、有機野菜の町内での売れ行きや適正価格を調べたいという思惑もあった。しかし、化学肥料を一部でも使ってしまえば、その野菜はもう「有機」とは名乗れない。“行き先”を失った野菜は収穫期の今、職員たちが自由に持ち帰り、自宅の食卓に並んでいる。野菜作りは、一朝一夕ではできない。私の活動期間も「有期」だ。
「サヤン(モッタイナイ)…」。私はため息をついた。
■肥料購入費を節約できるのに
「結局は面倒くさいのよ。早く育つし、虫はつかなくなるし」。同僚の農業技術者、ロッシー・アベリンダさん(56)は、化学肥料をまいたベテラン職員の行動をそう分析する。
有機農業を広めようという配属先の農業事務所の職員でさえ、化学肥料を使っている状況。ましてや農民は、である。配属先は、農民へ化学肥料も販売している。狭い事務所内には、化学肥料が入った袋が人の背丈ほど高く積まれ、買い求めにひっきりなしに農民が訪れる。
化学肥料は安い値段ではない。もっとも売れているのは野菜の栄養促進剤で、50キログラム1100ペソ(約2900円)。一袋でまかなえるのは、農地1ヘクタール分、多い人は4袋も買っていく。売り上げデータを見ると、15年1~4月だけで、少なくとも150袋以上売れていた。日本円に換算すると約43万円。さらに、トウモロコシ用の肥料は、9キログラムで4900ペソ(約1万3000円)もする。それだけの金が、畑の中へと消えていくのだ。
化学肥料の“山”を見ながら、ロッシーさんはぼやく。「早く私たちが有機農業を広められれば、この肥料をここに置かなくて済むのに。本当にサヤンね」
■液肥作る知識はあるのだが
なぜ有機農業を広めようとするのか。同僚たちと話し合っていると、「有機野菜はおいしくて健康に良いから」「高く売れるから」「堆肥の作り方を広めれば、ごみの削減になるから」などとともに、「化学肥料の購入費が節約できるから」という理由が挙がる。
実際、試験栽培で使う液肥の材料は、身近に手に入るものばかり。刈り取った雑草と糖蜜を合わせて作る「天恵緑汁(FPJ)」、魚のアラと糖蜜を使って作る「FAA」…。FPJは作物の栄養促進剤になるし、FAAは窒素を与えることができる。私はこれらの液肥の作り方を、協力隊に派遣される前の技術補完研修として、有機農業を広めることで国際貢献をする農業専門学校「アジア学院」で学んだ。同僚も、セミナーなどで同様の知識を得ている。
ただ、フィリピン人が気にするのは、「その肥料に含まれる栄養素の割合」だという。例えば、化学肥料の袋には、側面に「N14%、P14%、K14%」の文字。窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)の含まれる割合だ。液肥にも、この3つの栄養素を添加するものがあるが、「それぞれ、どのくらいの割合が含まれているか分からないと、農民は使わないよ」と同僚。「そこまで細かく気を遣っているだろうか」と疑問を挟みつつ、「それは僕も知らない。一緒に調べようよ」と提案しても、結局答えのないまま。一日、二日と、ただ時間だけがすぎていく。配属先にも「面倒くさい」という病理は、はびこっている。
配属先は、農村部に作るデモ・ファームを通じて、有機農業を広めようとしている。しかし、本当に事務所内で「有機農業はこの町に必要なのだ」という意識共有ができているだろうか―。まだ僕に、そう胸を張って言える自信はない。