ベトナム・ハノイの旧市街の北東には堤防があり、それを超えると「堤防の向こう側」と呼ばれる貧困地区が広がる。その奥に流れる紅河に浮かべた簡素な家で暮らす人たちが24世帯いる。水上生活者の親の80%は文盲だが、子どもは100%学校に行っているという。娘2人と孫1人をもつ住人のひとり、リンティ・マイさん(61)は「子どもには物売りはさせない。学校に行かせる」と語る。
別の住人で、二十歳の娘をもつグエン・ヴァン・フオンさんは「お父さん(自分)のようになってはだめだよ」と娘の幸せな人生を願い、NGOが運営する、無料で通える小学校に行かせた。娘は現在、ハノイ市内のオフィスの掃除婦として働く。中学校には行かなかったが読み書きはできる。
また、現地の事情に詳しい専門家は「(紅河の上で生活する)個々の家は子どもの教育に対してしっかりした意識を持っている」と述べる。「堤防の向こう側」の地域では陸地部分にも密集した家々が所狭しと並ぶが、子どもの教育のためにあえて水上生活を選んだ人も少なくない。
水上生活者のほとんどはごみ収集で生計を立てている。1カ月の収入は60~150ドル(約7200円〜1万8000円)。家は、ドラム缶を土台に、廃材を集めてつなぎ合わせた作りだ。電気やガスは通っていない。排せつ物は川にそのまま捨てる。
水上生活者は、経済発展が著しいベトナムの陰の部分だ。地元のNGO「ベトナムの家族」の職員グエン・ティ・ホアさん(34)は「ベトナム人の多くは紅河の水上生活者の存在を知らない」と言う。「堤防の向こう側」にある小学校の授業料は85万ドン(約5300円)。水上生活者はハノイ市民としての住民登録がされていないため、小学校に通うのに年50万ドン(約3000円)を余分に払わなければならない。
日本の外務省によると、2013年のベトナムの就学率は小学校が96%。その中で最貧困層である水上生活者は100%学校に行くというのは注目に値する。