安価なジェネリック(後発)医薬品の製造・販売を促進するため、特許法の改正を目指す南アフリカ政府に対し、多国籍の製薬会社が連合を組み、特許法改正の動きを妨害している。国境なき医師団(MSF)はこのほど、「南アフリカと製薬会社の攻防」の現状をホームページに掲載。製薬会社の圧力に屈しない南アフリカ政府の毅然とした態度を支持する、と表明した。
■製薬会社が極秘キャンペーン
MSFによると、製薬会社が南アフリカ政府に圧力をかけている文書が暴露されたのは1月17日。文書の名前は「南アフリカ知財政策草稿案によるイノベーションの侵害を防ぐためのキャンペーン」。この文書の存在で、米国を拠点とする製薬ロビー活動計画が露呈した。キャンペーンの予算は60万ドル(約6260万円)。狙いは、南アフリカ政府が長年にわたって目指してきた公衆衛生にかかわる特許制度の改正にストップをかけることだ。
製薬会社はなぜ、南アフリカ政府が進める特許制度の改正を嫌がるのか。その理由は単純だ。改正法は、製剤の「単純な改変」や「2種類の薬剤の合体」などの“マイナーチェンジ”での新薬の特許取得を認めないからだ。わかりやすく言い換えれば、製薬会社は専売期間を引き延ばすことができなくなり、市場独占による利益が減ることになる。
特許期間を“不当”に引き延ばす手法を「エバーグリーニング」(永久再生)と呼ぶ。これによってジェネリック薬の誕生は阻止され、薬価も高止まりする。こうなると、途上国などに住む貧しい患者にとっては命を保つために必要な薬の入手が困難を極め、世の中に治療薬はあるのにその恩恵を受けられずに命を落とすことになってしまう。
世界各地で医療援助をするMSFは、1人でも多くの人の命を救うために、通常より安いジェネリック薬を使っている。
■特許の壁で35倍の価格差
ブラジルやインドは、公衆衛生の推進と薬剤の流通の兼ね合いを意識しながら、革新的な医薬品開発には特許を認めることで企業の知的財産権を保護している。南アフリカの新たな知財政策も、こうした中所得国や国際規準にならったものになっており、南アフリカの特許法改正案は不当なものではない、との立場をMSFはとる。
MSF必須医薬品キャンペーンのエグゼクティブディレクター、マニカ・バラセガラム医師は「製薬会社の文書が暴露されたことで、製薬企業と中所得国政府との間で起きている『知的財産の争い』の火元が南アフリカだとわかった。大手製薬会社が南アフリカの特許法の改革を望まないのは、ほかの国も後に続くことを知っているからだ」と指摘する。
南アフリカは新薬特許の申請が認められやすい環境だという。新薬特許の申請件数は米国や欧州よりも多い。他国では普通に流通しているジェネリック薬が、南アフリカ国内では「特許の壁」に阻まれ、入手できないことも少なくない。
MSFは、新薬特許の乱発がジェネリック薬の導入を極端に遅らせる一因になっている、と指摘する。抗がん剤のイマチニブなど一部の薬は、ジェネリック薬が流通している国に比べ、南アフリカでは35倍も高いという。
■ジェネリックがエイズ禍に歯止め
振り返ると、特許法の改正を形骸化させようという大手製薬企業の試みは今に始まったことではない。HIV・エイズが流行した10年あまり前も、エイズ治療に効く抗レトロウイルス薬(ARV)の“適正価格”での流通を妨げようとしたことがある。MSFはこの後、南アフリカでARVのジェネリック薬の流通を容認するよう製薬会社に求め、エイズ対策で目覚ましい成果をあげた。
特許法の改正は、途上国の貧しい人たちの命を救うためには必要不可欠とされる。MSFは2011年11月から、南アフリカのNPOと協力し、同国で「特許法を改善しよう」キャンペーンを展開してきた。「薬剤耐性結核(DR-TB)やがんなどの治療薬に特許が付与されているから、一般の人たちには手の届かない価格が設定されている」(MSF)との現状を打破するためにも、ジェネリック薬の流通に道を開く意義は大きいといえそうだ。(堤環作)