報道写真家の吉田尚弘氏は8月2日、三重県津市で開かれた講演会「インドネシアのスラムから」(主催:フォトジャーナリズム展三重)で報道写真の裏側にあるストーリーについて話した。「今は、スマートフォンで誰でも手軽に写真を撮れ、安価でプリントできる時代。だからこそ、1枚の報道写真にどれだけの時間と労力がかかっているのか、写真の裏側にある、撮影者が伝えようとしているストーリーを知ってほしい」と強く訴えた。
講演で吉田氏がスライドを使って紹介したのは、インドネシアの首都ジャカルタのチリンチン地区にあるスラムの写真だ。スラムで暮らす人たちと、1年にわたり寝食をともにした同氏は、目にした現実を写真に収めた。住人には、取材記者ではなく、友人と思ってもらえるよう、自分も住人を友人と意識して接したという。
作品の1つは、チリンチンのごみ山で暮らす人たちの生活を写したもの。一見すると、貧しく、ごみを拾う以外には仕事がなく、仕方なく生活しているというイメージが湧いてくるかもしれない。
しかし、と吉田氏は言う。「実は、仕方なくごみ拾いで生計を立てている人と同じぐらい、望んでごみ山に来ている人もいる。意外に稼げるからだ。ごみを集めて、町で売ると、日本円にして1日平均約510円(月約1万5300円)になる。チリンチンの学校の先生の月給は1万5000円程度。ごみ山に住んでいるからといって、貧しい、悲しい人なのではない」
「こうした事実は、現地の人たちと長期にわたり生活をともにし、信頼関係を築けたからこそ、知ることができた」と吉田氏。報道写真家は、被写体の真実の姿、本質を引き出す必要があると述べ、自身の仕事は「目の前の人(被写体)の日記になることだ」と形容した。
写真は、見る側に想像する余地を残す。見る側が、事実や撮影者の意図と異なった想像をする可能性に対して恐れはないのだろうか。この問いに吉田氏は「想像に正解はない。自分が見きれなかったことを、写真を見る人が見つけてくれるかもしれない。誤解を招いてはいけない作品には、詳しいキャプションをつける」と述べた。
吉田氏はまた、「被写体の生活に思いを馳せるだけではなく、カメラマンと被写体の関係はどんなものだったか、カメラマンがどんな気持ちで撮ったかも想像してほしい」と続けた。
吉田氏は現在23歳。今後は、同世代の若者や、高校生・大学生に世界の現実を伝えていきたいという。「若者に興味をもってもらうには、こんなに面白い人が報道写真家をやっているんだ、と思わせるような、エンターテイナーの要素が自分自身に必要だ」と語った。
この講演会の会場では、吉田氏の作品と、デイズ(DAYS)国際フォトジャーナリズム大賞の受賞作品も展示された。(西森佳奈)