各国の人権をめぐる状況を国連が4年ごとに精査する「普遍的定期的審査」(UPR)が11月1日にスイス・ジュネーブで実施されたことに先立ち、国際的な人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は、スリランカの人権侵害の現状をまとめ、ホームページに掲載した。このなかでHRWは、今回のUPRで各国政府の代表がスリランカ政府に勧告するよう、下の内容について要望している。
■メディアに対する規制
スリランカ政府が先に提出した2012年UPR文書のなかで、同国政府は、政府関係者がメディアを攻撃したとされる疑惑について捜査を継続すると述べている。ところがHRWによると、表現の自由に対する攻撃は、前回(08年)のUPR以来増え続けているのが現状。このなかには、記者・編集者らへの「鉄棒での殴打」「銃による強盗・襲撃」「射殺」「ラージャパクサ大統領からの脅迫電話」「強制失踪」「逮捕」「ニュースサイトの強制閉鎖」などが含まれる。
あるジャーナリストが、スリランカの国防長官に対して「一匹の子犬を迎えるのに政府専用機を外国に差し向けた」との疑惑を追及しようと質問したところ、脅されたという事件も明らかになっている。
HRWが要請するのは、①報道機関やニュース媒体に対する不要な登録義務を撤回すること②政府に批判的なウェブサイトの閉鎖をやめること③ジャーナリストの殺害や失踪事件を捜査すること――の3点。
■人権活動家への脅迫
NGOの活動や言論の自由に対する監視・取り締まりをスリランカ政府は強化している。HRWによると、井戸掘りや生活訓練集会などといった活動にも軍への報告と承認が求められる。
国連人権理事会は12年3月、スリランカの人権に関する決議を採択したが、政府系メディアと政府関係者らはその後、この決議を支持する人権活動家を脅迫した。市民社会団体・人権活動家への嫌がらせは、とりわけスリランカの北部と東部で続いているという。
HRWが要請するのは、①人権活動家らに対するあらゆる脅迫、嫌がらせ、脅しをやめること②過去と現在進行中の脅迫についての申し立てを公平に捜査すること③人権活動家らを脅迫した政府関係者は懲戒処分の対象になる、と公表すること――の3点。
■テロ予防法とその適用
スリランカ議会は11年8月、1971年から続いていた非常事態令を解除することを認めた。ところが非常事態令を解除しても、「テロ予防法」があるため人権侵害的な拘禁体制を放置する結果となっている。
HRWが要請するのは、①迅速な訴追や公正な裁判の権利などが認められるよう、基本的権利を侵害するテロ予防法を破棄すること②テロ対策に関係するすべての法律が、国際人権法に準拠し、テロ対策と人権に関する国連特別報告者の勧告と一致しているよう確認すること――の2点。
■拷問
スリランカ軍と警察はこれまで、犯罪の容疑者やタミル系反政府勢力「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)のメンバーとみられる個人に対して、日常的に拷問してきた。
HRWが要請するのは、①国際赤十字委員会(ICRC)などの独立機関が拘禁施設を自由に査察できるよう容認すること②公開していない拘禁施設の使用をやめること③すべての拷問の疑惑についてアカウンタビリティ(説明責任)を果たし、また被害者の救済措置を確保すること――の3点。
■強制失踪
スリランカでは83年の内戦勃発から終結までに数万件の強制失踪が起きている。その多くが未解決で、加害者は罰を受けていない。近年は、「白いバン」に乗った正体不明の襲撃者らが活動家を拉致する事件が相次いでいる。ところがスリランカ政府の調査委員会は、こうした事態を真剣に調査していない。
HRWが要請するのは、①強制失踪を捜査・訴追する独立委員会を創設すること②治安維持を名目に拘禁された者の名前と拘禁場所をすべて公開すること③強制失踪防止条約の署名・批准と、その条項に強制力を与える国内法を制定すること――の3点。
■戦争犯罪や人権侵害などの行為へのアカウンタビリティ
国連が11年3月にまとめた報告書は、「LTTEとの内戦の最終局面の数週間で、4万人の一般市民が死亡した」「政府軍が発砲禁止ゾーンに広範囲な砲撃を加えた」「複数の病院を組織的に砲撃した」「戦場となった地域に取り残された一般市民への人道援助を組織的に拒否した」などの事実を明らかにした。
ところがスリランカ政府はこれを全面的に否定している。「超法規的または恣意的な殺害疑惑をすべて調査し、国際基準に沿って犯人を裁く」との勧告(08年のUPR)に対し、スリランカ政府が先に提出した12年のUPR文書では「努力を継続中」としているが、HRWによると、スリランカ政府が努力してきた証拠は皆無だという。スリランカ政府は、人権侵害や戦争犯罪などの行為についてアカウンタビリティをまったく果たしていない。
HRWが要請するのは、①国連による勧告に従い、LTTEとの内戦中に両陣営が行った疑いのある戦争法違反と人権侵害について調査するため、独立した国際機構の設立を支持すること②内戦のプロセスで起きた人権法や人道法に対する重大な違反疑惑について調査し、その結果を公表すること――の2点。
■国内避難民
スリランカ政府は9月、内戦の影響から最盛期には30万人にも達したタミル難民が生活していた難民キャンプ「メニク・ファーム」を閉鎖すると発表した。国内避難民のほとんどは再定住したが、一部はいまだに故郷に帰れず、また再定住先もなく、仮設住宅などで暮らしている。土地が返還されない場合の補償については何も伝えられていない。
HRWが要請するのは、すべての国内避難民に可能であれば帰郷を許可すること。政府がそれらの土地を所有している場合は理由を公表し、故郷以外に再定住できるよう十分な補償を提供すること。
■国家人権委員会
08年のUPRで、スリランカ政府は国家人権委員会を強化し、その独立性を確保するという勧告を受け入れた。ところがスリランカ政府はその後、国家人権委員会の権限と独立性を剥奪した。10年9月に可決された憲法改正案では、同委員会を大統領の支配下に置き、大統領に委員指名の権限まで与えている。
HRWが要請するのは、国家人権委員会を大統領の権限下から解放し、独立性を回復すること。
■特別手続
12年のUPR文書のなかでスリランカ政府は、「国連特別手続」(人権擁護の立場から国連人権理事会が定める、特別報告者・特別代表・独立専門家・作業部会を設置する制度)と密接に連携して活動している、と主張している。
だがスリランカ政府は6件の特別手続に基づく査察要請に応えていない。そのひとつ「強制的または非自発的失踪に関する作業部会」はこれまでに5回、査察を要請したが、すべてがペンディングとなっている。
HRWが要請するのは、①「強制的または非自発的失踪に関する作業部会」、「超法規的処刑に関する特別報告者」、「表現の自由に関する特別報告者」、「人権擁護者に関する特別報告者」、「結社・集会に関する特別報告者」、「少数派問題に関する独立専門家」を含む特別手続に基づいた査察要請に対して好意的に対応すること。(堤環作)