ボリビア・アイマラ族の「泥棒を殺す習慣」、違法とならない理由

「泥棒を焼き殺す」。ボリビア・ラパス郊外のエル・アルトには、こう書かれた家の壁がいくつもある。電線には、男性を模した案山子(かかし)がぶら下げられ、その胸にも同じような過激な文言が見える。12月12日付ガーディアンによると、泥棒をリンチ・殺害するのは、先住民族アイマラの“習慣”だという。エル・アルトには多くのアイマラが暮らしている。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)ボリビア事務所によれば、エル・アルトでは2011年1~10月で30件のリンチが起き、10人の泥棒が殺された。「これでも殺害件数は減った」というが、泥棒は服をはぎ取られ、殴られ、焼き殺される。警察が時折、仲裁に入るも、アイマラ総出でリンチをするので、警察は制止できない。

この慣習の背景にあるのが、ボリビアの高い犯罪率だ。エル・アルトのアイマラ指導者は、ボリビアの犯罪者に対する処罰は甘い、と指摘する。「犯罪者は2~3年服役すると出所し、また同じ犯罪を繰り返す。警察も腐敗している」

エル・アルトで犯罪が増えた要因は、ラパスなどから大量に人口が流入したことで、伝統的な社会が損なわれたためといわれる。暴力やギャングがはびこり、治安は悪くなった。「これ以上耐えられない。自分たちで何とかするしかない」とエル・アルト在住の学生は言う。

別の住民は「犯罪者を警察に引き渡しても、彼らは警察に金を渡し、警察は犯罪者を釈放する。犯罪を防ぐ唯一の方法は、犯罪者を切り刻み、犯罪を終わらせることだ」と、警察への不信感を募らせる。

ただ犯罪率が高いからといって、泥棒を殺すのはどうなのか。ボリビア政府の高官は「この慣習は違法だ。ボリビアはさまざまな国際的な人権擁護協定も批准している」と問題視する。

ややこしいのは、ボリビアの司法制度が「二重構造」になっていることだ。国家レベルの法律が存在する一方で、先住民のコミュニティーには「伝統的な司法」が認められている。早い話、2つの異なる司法制度がひとつの国に共存しているのだ。

先住民のコミュニティーでは、村の長老らが犯罪者に対する刑罰を決める。その内容は、軽犯罪であれば鞭打ちや土下座、強制労働など。盗みになると、リンチやコミュニティーからの追放など、かなり厳しいものになる。こう処罰するのは違法ではない。

先住民コミュニティーに「独自の司法制度」をもたせているのには、理由がある。ボリビアの人口のおよそ半分は先住民。モラレス大統領自身もアイマラ出身だ。植民地時代からこれまで長く搾取と貧困にあえいできた先住民の権利を守りたい、という強い思いがこの“ダブルスタンダード”に込められている。

先住民のなかには実際、国家の司法や警察に対して不信を抱く者も少なくない。また、手続きが煩雑で、不正が起きやすい国家の司法よりも、先住民コミュニティーの司法のほうがコストもかからず、迅速。さらに重要なのは、先住民自身が司法にかかわれることだ。ボリビアでも他のラテンアメリカ諸国同様、欧州系住民(白人)が社会の上層を占めるが、国家の司法は白人が権限を握っている。このてん、先住民のための司法であれば、先住民が苦境に立たされる心配はない。

しかし先住民の習慣を合法とすることは、先住民コミュニティーでは国家の法律が通らないことを意味する。言い換えれば、国家としての司法は形骸化することになってしまう。先住民の人権を守るのはもちろん必要不可欠だが、その陰で、ボリビアの司法は大きな矛盾を抱えている。(今井ゆき)