世界には、HIVに感染しない免疫システムをもつ人がいる。ガーディアンは、HIVに感染しないケニア人セックスワーカーの話を1月27日付記事で掲載した。
アグネスさんは1971年、20歳の時に仕事を求めてケニア・ナイロビにやってきた。母親はすでになく、5人の子どもを養うため、中流家庭のメイドから、女工まで、どんな仕事でもやった。しかし、勤め先の工場でけがをして解雇され、残された選択肢は「売春」しかなくなった。
アグネスさんは30年以上、ナイロビのスラムで売春をして生計を立ててきた。その間、HIV陽性の男性を含め、約2000人と無防備なセックスをしてきた。
ところが病院の診断によれば、体に全く問題はない。HIV・エイズが発見され、世界中に蔓延したころ、欧米の研究者たちがケニアのスラムで働くセックスワーカーたちを検査したが、ほとんどがHIV陽性だった。だがアグネスさんを含む100人ほど(ナイロビのスラムで働くセックスワーカーの約5%)の女性たちは、全く罹患していなかった。
「アグネスさんの体内に入ったHIVウイルスは、彼女のもつ特殊な免疫システムによって抹消されるのだろう」とカナダ・マニトバ大学の研究者は言う。人類がHIV・エイズとの戦いを始めてから25年。HIVに感染しない免疫システムは、遺伝子によるものと考えられている。なぜなら、HIVに罹患していないセックスワーカーの親戚は、やはりHIVに感染しないからだ。
HIVに罹患しないのは、ナイロビのセックスワーカーだけではない。ロシア・コーカサス地方の一部の男性たちは、HIVウイルスが感染するためのフックとなる分子が細胞から欠けているという、突然変異遺伝子をもつことが研究で判明している。
アグネスさんは日曜日には教会に行き、健康な体を与えてくれたことを神に感謝する。また、年に2~3度献血することで、自分がコミュニティの役に立っていることを実感するのだ。
HIV・エイズの免疫システムの研究は、アグネスさんたちセックスワーカーの協力なしには成り立たない。しかし、女性の教育やセックスワークの替わりとなる雇用を生み出すための取り組みに、大学や研究機関はほとんど資金を振り分けないでいる。
アグネスさんの神秘的な免疫システムは、エイズにかかわる業界で有名だが、彼女自身の生活は30年前からほとんど変わっていない。「私にとっては毎日食べるものを買えることがすべて。自分の抱えていた問題のために、セックスワークをする以外になかっただけ。もしほかに道があったらなら、私はそれをしていたわ」と彼女は語る。(今井ゆき)