イスラム過激派はほんの一部にすぎない――。英国のチャリティー団体「イスラム平和財団」のアブドゥル・ラザク・アブドゥッラー理事長は2月18日、都内の日本財団ビルで開かれたシンポジウム「宗教と政治の間で揺れ動くイスラム世界」(主催:笹川平和財団)で講演し、多様なイスラム世界を理解し、誤解や偏見を取り除く必要性を強く訴えた。
■アラブ人は全ムスリムのわずか2割
ラザク理事長がまず問題視したのが、世界の多くの人たちが「イスラム(教)」と「ムスリム(イスラム教徒)」を同意語のように使っていることだ。宗教としてのイスラムと、信者(人間)としてのムスリムは明確に区別されるべきで、「ムスリムの行為すべてをイスラムに結び付けて考えるのは誤りだ」と述べた。
イスラム世界は、アラブ地域だけにととまらず、日本人が思っている以上に広い。ピューファーラムの2010年調査によると、世界には約16億人のムスリムがいるが、このうち中東・北アフリカ(アラブ地域)に住む割合は19.9%のみ。残りの80.1%は、アジア太平洋 (62.1%)やサブサハラ(サハラ砂漠以南)アフリカ(15%)などに分布している。世界最大のムスリム国家は、人口2億3000万以上の大半がイスラムを信仰するインドネシアだ。
イスラム世界はまた、多様でもある。イスラムの2大宗派のひとつで、最大勢力のスンナ(スンニ)派は、法解釈の違いによって、さらに4つのイスラム法学派(ハナフィー学派、シャーフィイー学派、マーリク学派、ハンバル学派)に分かれる。
スンニ派のムスリムはいずれかの法学派に属し、それぞれの異なる方法で宗教儀礼や慣行などを行う。ムスリムは多様であり、安易に一元化することはできないといわれるゆえんだ。メディアが大々的に報じる中東やアフリカの「過激派」も、イスラム世界のほんの一部にすぎない。
■イランとサウジの対立は「中東の冷戦」
講演の中でラザク理事長は、イスラム世界を取り巻く懸案事項についても言及。拡大する経済格差や貧困問題などへの不満を抱えた国民たちが、カリスマ的なリーダーに率いられ「過激派」する現象や、アラブの春に代表される政治的変動、そしてエジプトにみられるような、革命後の国家をいかに統治していくかという「ガバナンス」の問題の3つを指摘した。
さらに、2大宗派のもうひとつシーア派を国教とするイランと、スンニ派の代表格サウジアラビアの対立を「中東の冷戦」と表現。イランは、西洋に危険視されている核保有国・北朝鮮と友好関係にあり、米国もイランの核開発を警戒している。これに対してサウジアラビアは米国の支持を背後に、イランとの対立を深めている。旧西側陣営と旧東側陣営の対立を反映したこの構図は、かつての朝鮮戦争やベトナム戦争などの「代理戦争」とよく似ている、とラザク理事長は懸念を示した。
2001年の米国同時多発テロ(9.11)以降、世界各地でイスラム世界への偏見が広まった。その一方で、国際政治に占めるイスラム世界の重要性は確実に増している。こうした状況を受け、「日本はイスラム世界の動向に注目し、より深く理解することが重要だ」とラザク理事長は講演を締めくくった。
ラザク理事長はマレーシア出身で、同国のナジブ首相の外交アドバイザーも務める著名な政治評論家。英国のロンドン中東研究所のメンバーでもあり、英国では、反イスラム的な偏見を是正するため積極的に発言し、ムスリムとキリスト教徒との融和に努めている。