「イラク戦争(2003年3月20日~11年12月14日)の前は、イラクに女性差別はなかった。教育や仕事はあった。イラク人はお酒も飲んでいた。異なる宗派同士の結婚もあった。宗派間の対立も、女性に対する差別も、助長したのは米国だ」
こう話すのは、大阪・玉造に本拠を置く「イラク平和テレビ局」の川島実穂事務局次長だ。川島さんは、イラクの市民メディア「SANA」が取材した動画に日本語を付け、インターネットで配信してきた。
首都バグダッドが陥落し、フセイン政権が崩壊したのは03年4月9日。それから10年が経った。川島さんによれば、イラクの女性たちは10年前、ミニスカートをはいて、バクダッドなどの街を歩いていたという。ビジャブ(スカーフのようなもの)を被る必要もなかった。だがイラクの女性はいま、ビジャブを必ず被っている。「もし髪を出していれば、異教徒とみなされ、殺されてしまう」(川島さん)からだ。
■10年前はミニスカートの女性も
マーリキー政権は、イラクの現行憲法が承認された05年ごろから、教育をベースに、女性差別を政策として推し進めてきた。この憲法は、厳格なシャリーア(イスラム法)を反映している。このため学校や工場、政府機関などで「ビジャブを被らない女性は悪い女だ」「女性は男性より劣っている」といった偏見がイラク人の間で広まったとされる。
女性差別政策の背景にあるのは米国の戦略だ、と川島さんは指摘する。「イラクは大量破壊兵器を保有するテロ国家」という大義名分を掲げ、米国はイラクを攻撃したが、大量破壊兵器は結局、見つからなかった。しかし米国は、イラクにある石油の利権を獲得するため、米軍をイラクにとどまらせたいと考えた。そこで新たに作った大義名分が「宗派間の対立によって悪化したイランの治安を回復すること」だったという。
川島さんは「米国は、イラクの宗派間の対立をでっち上げた。若者にうその噂を流し、対立をあおったことで治安が悪化した。宗教・宗派に対するマーリキー政権の意識は強まり、その結果、もともと潜在的にあった女性差別という悪しき習慣が一気に噴き出した」と説明する。
親米派のマーリキー政権は、石油取引によって米国から得た利益を独占し、軍事費に充てている。イラク人のために使うことはない。イラクはいまも、民主化が訪れるどころか、フセインの時代と比べて、教育や仕事の機会は減り、食料不足も深刻だ。イラク人の生活はこの10年で確実に厳しくなっている。
■日本は対イランODAをやめるべき
川島さんによれば、イラク人を苦しめているのは日本も同じ。「日本の資金援助(ODA)も、イラクの石油の利権を獲得するために使われている」(川島さん)からだ。
日本政府は、03年10月に50億ドル(約5500億円)のイラク復興支援を、11年11月に670億円の円借款の追加供与を表明したが、「こうしたODAは、マーリキー政権の軍備増強につながり、イラク人の命と生活を奪う。政権が変わっても、先進国の石油利権抗争がなくならない限り、イラクは良くならない。いまできることは、まず日本がODAをやめることだ」と川島さんは強調する。
女性差別を背景にした名誉殺人の増加も深刻な問題だ。名誉殺人とは、婚前・婚外交渉を行った女性を「家族の恥」とみなし、父親や男兄弟がその女性を殺害すること。レイプであっても、その女性は、家族の名誉を守るために殺されてしまう。治安の悪化から、イラクの女性が、イラク軍やアメリカ軍の兵士にレイプされることは少なくない。
レイプされた女性は、名誉殺人の被害者になる恐怖から、レイプされた後、自らの手で命を絶つケースもある。レイプ被害を受けた女性を保護するために女性活動家らが立ち上げた避難所があるが、治安の悪化につれて運営が困難になっているという。女性活動家自身も現在、米国やカナダ、英国など国外に亡命しているのが実態だ。
イラク平和テレビ局は07年7月に設立され、イラク人の生活の実態を知る必要があるという理念のもと、イラクのSANAテレビが作った番組に日本語の吹き替えと解説をつけ、ネット配信している(http://peacetv.jp/)。(有松沙綾香)