環境NGOのFoEJapanは5月10日、「メキシコ・風力開発に脅かされる先住民族の生活」と題した調査レポートを発表した。メキシコ・オアハカ近郊のテワンテペク地峡は近年、風力発電のメッカとなっているが、すさまじい数の風車が建てられていく陰で、環境破壊が進み、反対派をターゲットにした弾圧が起きている実態を訴えた。
FoE Japanによると、テワンテペク地峡では2011年時点で14のウィンドファームが操業している。総出力は、原子炉1基分に相当する135万キロワット。新たなファームはいまも建設中で、14年までに250万キロワットに達する見込みだ。事業者の多くは外国資本。発電される電気は、多国籍企業や地元の大手企業が買い取っている。
■三菱商事がラテンアメリカ最大の風力発電
計画中のウィンドファームの中で、ラテンアメリカ最大の規模と目されるのが「マレーニャ・レノバブレ」(総出力39万6000キロワット)だ。テワンテペク湾の砂州に、高さ80メートルの風車を132基建設する。総工費800億円。三菱商事が34%を出資している。完工は、当初の予定では13年7月だった。
このプロジェクトを巡って、地元は賛成派と反対派に分裂。デモ、道路封鎖、コミュニティ内・間の対立など、事態は泥沼化しているという。その原因となっているのがマレーニャ・レノバブレで、FoE Japanは、このプロジェクトには3つの問題点がある、と指摘する。
第一に、環境や社会への影響だ。建設予定地の周辺は、地元の漁師たちが利用する漁場。「近隣で操業中の他のウィンドファームをみても、1基ごとに大きな建設工事が必要となる。マングローブが広がる砂州に132基も建てるとなると、生態系への影響は甚大なものになる」(FoE Japan)
FoE Japanによると、発電事業者は04年、土地の権利をもつ一部のコミュニティと土地のリース契約を交わした。その際に賛成の署名を集めるため、5000~1万ペソ(4万2000~8万4000円)の現金を配ったという。
第二の問題点は、コミュニティ紛争と警察による反対派への弾圧だ。マレーニャ・レノバブレの建設計画が持ち上がって以来、行政や事業者は、学校や医療施設を充実させるなど、公共サ―ビスに力を入れてきた。このため賛成派に回った住民は少なくない。
だがその一方で、「村には漁業しかない。影響が出たら生きていけない」と懸念する声も根強い。ところが地方政府や警察は、反対派の住民に対して生活保護や行政支援を打ち切るなど、弾圧を加え始めた。武器を使った警告もあるという。賛成派と賛成派に二分した住民は激しく対立し、殺人事件も複数起きている。
第三の問題は、賛成派と反対派のコミュニティ同士が敵対し出したことだ。たとえばテワンテペク湾の端にあるサンタ・マリア・デル・マル村は、土地リース契約は貧しいコミュニティにとって貴重な収入源になるとして賛成している。対照的に、サン・マテオ・デル・マル村は事業に猛反対。そこでサン・マテオは、サンタ・マリアの住民にとって唯一の陸上移動手段である道路を封鎖したこともある。
事態の悪化を懸念し、国際NGOは地元民のサポートに乗り出した。法的な働きかけを続けた結果、地方裁判所は2012年12月、建設停止命令を下した。だがその後も事態は改善されていないという。
■メキシコ政府は22%を再生可能エネルギーに
メキシコで風力発電事業がブームとなった背景には、メキシコ政府が打ち出した気候変動政策がある。07年に気候変動対策を重点政策に据え、「30年の温室効果ガス排出量を00年比で11.2%削減する」「50年には同47.3%削減する」との目標を掲げた。
その戦略としてメキシコ政府は、発電容量(出力)を25年までに、現在の1.5倍である約9000万キロワットに引き上げ、うち2000万キロワットを再生可能エネルギーでまかなう方針だ。
差し迫る地球温暖化の脅威。この危機を乗り切るには再生可能エネルギーへのシフトは欠かせない。ただメキシコのテワンテペク地峡では、風力発電というグリーンエコノミーが先住民にとって「新たな開発の脅威」として立ちはだかっている。