国際協力NGOの日本国際ボランティアセンター(JVC)は5月23日、同団体が手がけるパレスチナ事業の報告会「現場から見たパレスチナの今」を開催した。イスラエルの侵攻を受け、厳しい状況に置かれているパレスチナ人の現状について、JVC現地代表の今野泰三氏が講演した。
■「多くのパレスチナ人が希望を失った」
パレスチナは2012年11月、国連での資格が「オブザーバー組織」から「オブザーバー国家」へと格上げされた。国際社会が幅広い支持を表明したことで、事態がパレスチナにとって好転するのではとの期待も高まったが、今野氏は「厳しい状況は何も変わらない。パレスチナ人もまったく期待していない。変わったことといえば、モニュメントと時計台が作られたことぐらいだ」と語った。
パレスチナがオブザーバー国家となったことを快く思わないイスラエルは、パレスチナに報復を仕掛けている。パレスチナ自治区のヨルダン川西岸に入ってくる物品に対する関税はイスラエル政府が徴収し、パレスチナ自治政府に渡すこととされていたが、イスラエルはそれを実行していない。また、ヨルダン川西岸のE-1地区に入植地を新たに作る意向を示し、イスラエル軍は、抵抗するパレスチナ人を力ずくで撤去した。
さらに、パレスチナ自治区で最大の人口を有するガザでは、一般人の家すらイスラエル軍の空爆の標的になっている。爆撃を受け、民間の家の横には直径10メートルほどの巨大な穴が開いたという。
「一連の攻撃で、自分たちで事態を改善しようという希望を失ったパレスチナ人がガザには多くいる」と今野氏は説明する。
■ガザの住民の7割が援助に依存
パレスチナ人の生活の苦しさは相変わらずだ。世界銀行によると、ガザの失業率は35%にも達する。住民の7割が援助に依存して暮らす。
「朝7時から夜8時まで週7日働いても、収入は月3万円。家族5人分の食料を買ったら何も残らない。でも仕事があるだけマシ」。パレスチナ人タクシードライバーからこんな苦労を今野氏は聞いたという。
食糧農業機関(FAO)によれば、ガザで安定して食料を得られる人は3分の1しかいない。このため子どもの慢性的な栄養失調や貧血は深刻な問題となっている。
慢性的な栄養失調は見た目でわかりにくく、「見えない飢餓」と呼ばれる。親や親せきなど周囲の人も、子どもの栄養失調に気付きにくいだけに、厄介だ。
■東エルサレムでは居住地で差別
貧困が深刻なのはガザだけではない。イスラエルが実効支配する東エルサレム(ヨルダン川西岸)も同じだ。「(住民の中でも)パレスチナ人とユダヤ人の間には大きな格差がある」と今野氏は指摘する。
たとえば良い土地はすべてユダヤ人のもので、パレスチナ人が住む地区は狭い谷間ばかり。道路も整備されておらず、ごみは散乱している。
東エルサレムではまた、パレスチナ人が家を新築・改築・増築するにも厳しい制限がある。このため、東エルサレムで唯一の難民キャンプに移るパレスチナ人が増えているという。
だが難民キャンプもごみが散乱し、悪臭はひどい。こうした悲惨な状況を前にしても、イスラエル政府は無視を決め込む。かといってパレスチナ自治政府が援助の手を差し伸べることもままならないのが現実だ。
東エルサレムには、イスラエル政府が築いた、イスラエルが実効支配する地域とパレスチナを分離する壁がある。イスラエル政府が嫌うことをパレスチナ人がすれば、壁の外側、つまりパレスチナ側に追放され、居住権を奪われる。一度追いやられると、以前の居住地である東エルサレムには二度と戻れない。
さらに、東エルサレム在住のパレスチナ人はその地に住み、働いていることをイスラエル政府に証明し続けなければ、住む権利を奪われる。証明とは、税金や家賃などお金を払い続けることだ。
■占領は「悪い」と考えるイスラエル人も
今野氏の講演の中でとりわけ興味深かったのは、パレスチナ人が一様に、ユダヤ系イスラエル人を憎んでいるわけでないということだ。
「パレスチナ人をパレスチナの地から追い出すことに反対するイスラエル人もいる」(今野氏)。憎み合うパレスチナ人とイスラエル人がいるのも事実だが、平和に暮らしたいと考える人たちも多いという。
「イスラエル人にとって、パレスチナ人との対立やガザへの侵攻、また人殺しさえ、生活の一部となっている。ガザへの攻撃が始まれば、イスラエル人は徴兵される。占領は悪いことだと考えるイスラエル兵もいる。けれども、『軍服を着ている間は、上司の命令が絶対だから』と心情を私に吐露したイスラエル人もいた」と今野氏は話す。
国連総会が圧倒的多数で、パレスチナを「オブザーバー国家」に格上げして半年。複雑なパレスチナ問題はいまだ、解決の糸口どころか、進展の気配さえ感じられない。(渡辺美乃里)