グラミン銀行のユヌス氏「利潤追求ビジネスが貧困を生む」

講演するムハマド・ユヌス氏

バングラデシュのグラミン銀行創設者で、ノーベル平和賞を2006年に受賞したムハマド・ユヌス氏は5月20日、英国ロンドン大学経済政治学院(LSE)主催のセミナー「貧者のための銀行家:ソーシャルビジネスが数百万人を貧困から救い出す」で講演し、マイクロクレジット(少額融資)を手がけることで有名なグラミン銀行を設立した思いとそこに至るまでのプロセスを語った。

グラミン銀行のグラミンとはベンガル語で「農村」を意味する。グラミン銀行はその名の通り、多くの貧困層に収入と雇用の機会をもたらすことを目的に、担保なしで、比較的低金利で村人に融資している。この取り組みは、ソーシャルビジネスの先駆的なモデルとして世界中で知られる。

■始まりはポケットの中の27ドル

ユヌス氏は、米バンダービルト大学で経済学の博士号を取得したが、祖国バングラデシュが1971年に独立したのを機に帰国した。バングラデシュは当時、再建の真っただ中。チッタゴン大学で経済学部長として教鞭を執る中、ユヌス氏が目にしたのは、経済危機や大飢饉といった悲惨な状況だった。

「自分が教える経済学の理論は、本当に困っている人の役に立っているのか。どうすればいいのか」。そうした思いからユヌス氏は、貧しい農村を調査して歩くようになった。

ショックを最も受けたのは、貧困にあえぐ村人が、高利貸しに完全に支配されていた光景だった。高利貸しの残酷な取り立てが、貧しい村人にとって深刻な問題となっていた。担保になるものをもたず、金融機関に相手にされないという事情が背景にあった。

「自分でお金を貸してみよう」。ユヌス氏はそんなシンプルな発想で、ズボンのポケットに入っていた856タカ(当時のレートで27ドル)を42人の女性たちに貸した。

これが、グラミン銀行の始まりだ。「たとえ1ドル、3ドルといった少額の融資でも、たくさんの人を幸せにできる」。ユヌス氏は「農村開発研究プロジェクト」と呼ばれたこの活動を展開した。

■融資先の97%が女性

といっても、農村開発研究プロジェクトは一筋縄で進んだわけではない。プロジェクトの規模がどんどん大きくなるにつれ、外部の手を借りる必要があった。

そこでユヌス氏は、チッタゴン大学のキャンパスにある銀行に、連携してくれるよう協力を依頼した。ところが銀行の融資係から返ってくるのは、否定的な答えばかり。その日暮らしの貧しい農民に返済能力はない、と信じられていたからだ。

「お金をすでにもっている人にしか融資しない金融システムはおかしい!」。銀行を相手にユヌス氏がこう説得し続けても、銀行は、既存の枠組みにこだわり、マイクロクレジットには消極的だった。

だが、銀行に「ノー」と拒絶されればされるほど、ユヌス氏の情熱は燃え上がった。交渉開始から8カ月後、ユヌス氏はこれ以上交渉の余地がないと知り、ユヌス氏が村人の保証人になることを決断した。この条件で、銀行は村人にお金を貸すことになった。最後まで村人への融資に乗り気でなかった銀行の憂慮を横目に、すべての村人がローンを返済したという。

その後、プロジェクトの規模はみるみる広がって、ついに1983年、グラミン銀行は法人として正式に設立された。同行は現在、バングラデシュにある村の97%をカバーし、これまでに延べ850万人に融資している。融資先の97%が女性だ。

借り手は、16%の金利で無担保融資された資金を使って、起業する。事業で得た利益から返済し、新たに借り入れ、さらに事業を成長させる。グラミン銀行はいまや、途上国だけでなく、米国やカナダ、フランスなどの先進国も含め世界58カ国で、このマイクロクレジット事業を展開している。

米国には2008年、グラミン・アメリカを設立。同国の複数の拠点でマイクロクレジットを始めている。

成功の秘訣についてユヌス氏は「より簡単に、よりシンプルに、そしてより小さく、という3つのキーワードをもとにアイデアを追い求めてきた。想像力を掻き立てれば何でもできる」と強調する。

■就職でなく「起業」を奨励

ユヌス氏は、グラミン銀行を通じて主に2つのことに取り組んできた。

1つは若い世代の教育だ。非識字者をゼロにするために、融資先の家族の子どもが学校に通うことを奨励している。「100%の子どもが通学できている」とユヌス氏は胸を張る。

2つめは、教育ローンの提供。これは、小学校だけでなく、高等教育まで継続的に教育を受けさせるのが狙いだ。

ただ、就職難のバングラデシュでは、高等教育まで進めたからといって、就職できるとは限らない。だからユヌス氏は、就職でなく「起業」することを勧めている。バングラデシュの若者には次のような言葉をかける。

「君たちの母親は字が読めない状態から起業した。スケジュールに沿って、ローンを毎週返済し、ビジネスを拡大させた。ビジネスの進め方を一から学んだ母親をもつ君たちは幸運なのだよ」

■お金を生み出すロボット?

貧困を生み出したのは、利益の最大化をミッションに掲げる資本主義、というのがユヌス氏の持論だ。「貧しい人たちには、限りない能力、想像力、そして可能性がある。貧困の要因は、貧しい人自身ではなく、金融システムにある」と語る。銀行は実際、世界人口の3分の2以上を占める貧困層には融資しない。

ユヌス氏は、グラミン銀行のほかにも約60の会社を経営している。その軸はすべて「社会問題の解決のため」だ。

「お金や利益はビジネスの動機になる。だが私は、お金ではなく、他人を幸せにすることで自分も幸せになれる。雇用創出のため、貧困撲滅のために、不平等なシステムを改め、新たな仕組みをデザインしたい」

「ビジネス=利潤追求」だけでは、人間はお金を生み出すただのロボットと化してしまう。企業の寄付や慈善活動は、事業が不振になれば中止される。ユヌス氏の唱える「ビジネス=社会問題の解決」というモデルこそ、収益の安定と社会問題の解決を両立でき、持続可能なビジネスになるといえる。

■バングラの労働者は時給25

講演の中でユヌス氏は、バングラデシュの衣料品工場(ラナプラザ)が4月に倒壊し、1200人以上の死者を出した事故についても言及した。

「縫製業界で働く従業員たちの時給は25セント(約25円)以下。まるで奴隷だ。今回の大惨事は、世界中の消費者が、労働者の立場に目を向ける重要なきっかけになるだろう」

先進国の消費者が手にする衣類には、バングラデシュをはじめとする途上国の労働者の人権問題が隠れている。時給が25セントから50セントに上がるだけでも、労働者の暮らしは向上する。にもかかわらず、激しい価格競争にさらされる衣料品メーカーは、コストダウンのしわ寄せを、立場が一番弱い末端の労働者に押し付ける。

労働者の権利を高める方策としてユヌス氏は3点を挙げた。第一に、労働者の最低賃金の国際基準を設けること。第二に、「縫製産業透明性指数」を設定し、衣類がどの工場で、どのメーカーによって、どのような工程で生産されているかを追跡できる仕組みを構築すること。第三に、衣料品価格を数ドル(数百円)引き上げ、その分を労働者の福利厚生に還元できるソーシャルビジネスを創出することだ。

店頭に並ぶ衣料品を買うか、買わないか――。値段やデザインだけでなく、エシカルな視点による消費者の選択も、社会問題の解決には欠かせない。(ロンドン=吉田沙紀)