伝統的な通過儀礼としてアフリカを中心に2000年以上続く「女性器切除」(FGM)。女性外性器の一部または全部を切除、時には切除してから外性器を縫合する慣習のことだ。その残虐さから、欧州の人権活動家らはかねて、FGMは女性虐待に当たると批判してきた。
FGMの廃絶を目指すドイツのNGO「フォワード・ジャーマニー」の創設者トービィ・レヴィン氏は7月6日、FGM廃絶を支援する女たちの会(WAAF)が都内で主催した交流会で講演し、「FGMは、欧州でも、多くのアフリカ系移民の間で続けられている。ドイツだけでもこれまでに1万9000人の少女がクリトリスを切除された。FGMのリスクにさらされる少女は4000人もいる」と問題の深刻さを訴えた。
■女性器切除禁止法がドイツで成立
トービィ氏によると、ドイツがかつて植民地とした南西アフリカにはFGMの慣習はなかったという。
だがソマリア内戦が90年代に泥沼化して以降、多くのソマリア難民がドイツに流入。ソマリア系住民らはドイツ国内でもFGMの慣習を頑なに守り続けることから、ドイツの人権団体はこぞって、FGM廃絶の声を上げ始めた。
トービィ氏は「FGMは明らかに女性に対する差別。これは世界中のすべての女性が共有すべき問題。なぜなら、日本にFGMの文化がなくても、日本女性が日々直面する女性差別と本質的に同じだからだ。FGMは、性器を傷つけるだけでなく、心も傷つける。(日本ではあまり知られていないので)身近な人に伝えてほしい」と話す。
NGOなどの働きかけが奏功し、ドイツでは2013年6月27日、FGM禁止法が成立した。この法律は、ドイツ国内での女性器切除を禁じることはもちろん、FGMのためにアフリカへ帰国し、ドイツに再入国した場合にも適用できる。
NGOがとくに評価するのは、被害者が38歳になるまで、加害者を訴えることができる点だ。FGMは通常、生後間もなくから初潮を迎える前に行われる。被害者が罪を問えるのは、伝統的助産婦や割礼師だけでなく、女性器を切除するよう仕向けた両親なども含まれる。
とはいえこの法律も完璧ではない。トービィ氏は「最高刑は懲役1年と軽すぎる」ことを問題視する。ただこの背景には、ドイツでは市民権をもたない移民が3年以上の懲役刑を受けると、出身国に強制送還されるという法律があり、それに配慮したという複雑な事情がある。
■性器再建に公的保険を適用すべきか
ドイツでのFGM禁止法の成立はFGM根絶に向けた大きな一歩だ。しかしこれで世界のFGMがなくなるわけではない。ドイツ一国の視点に限ってみても課題は山積している。
たとえばFGMから逃れたいアフリカ女性がドイツに亡命を申請したらどうすべきか。「ドイツの各州は、こうした難民申請を受け付けている。だが現実として認められたのは数十件のみ。申請が通らなければ、ドイツに残れることもあるにはあるが、多くは本国への強制送還となる」(トーヴィ氏)
またドイツ在住者の場合であっても、「女性器を切除するために、両親の故郷に帰国する権利を奪うことは人権の観点からできない。女性器を切除された、またはその疑いがある女子がわかったとしても、医師や教師、隣人に対して当局への報告を義務付けることも困難。隣人が隣人を密告していたナチスの歴史を繰り返すことになりかねない」。
さらに女性器を切除することで悩まされる排尿痛や失禁、性交時の激痛などの後遺症を公共の医療サービスでどこまで対処すべきかという問題もある。トーヴィ氏によると、後遺症の治療はドイツの国民保険でカバーできる。ただ性器の再建手術を認めるかどうかについては議論中という。ベルリンとザールブリュッケンでは、公的保険を使った女性器の再建手術が実施されている。
■児童健診で性器チェック?
アフリカ移民を多く抱えるフランスでは、男女含めすべての子どもの外性器チェックが児童健診に含まれている。ドイツもそれにならうかどうかという議論がある。一部からは、FGMの慣習をもつ民族に限定すべきとの声もある。
トーヴィ氏は「ドイツでは6歳までに9回の健康診断を受けるよう政府が推奨している。外性器のチェックをFGMの文化背景をもつ子どもだけに絞るのは人種差別につながる。ただすべての子どもを対象にするには莫大な費用がかかる」と予防の難しさを説明した。
一部のアフリカ諸国では、FGMは、大人の女性への通過儀礼であり、女性器を切除することで未婚の間は純潔・処女性を保てると信奉され、結婚の条件となっている。また、性感を失わせることで女性が性欲をコントロールできると信じられている。(石岡未和)