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■「ほおキス」の魔力
「この街ではみんな友だちなんだよ」。これは、青年海外協力隊員として赴任した初日、同僚から言われた言葉だ。
ここは、アルゼンチンとの国境近くにあるボリビア南部のタリハという街。8月に赴任して5カ月が経った。タリハの人はとにかく陽気で人懐っこいというのが私の第一印象だ。
握手をするたびに渾身の力を込め、手を握ってくる。最初は、とても痛いなあと感じていた。でもこの力強さが相手への信頼の証であり、力の入っていない握手は失礼にあたるという。
ボリビアではまた、他のラテンアメリカ諸国などと同様に、女性へのあいさつはほおをくっつける「ほおキス」の習慣がある。お辞儀慣れしている私にとってこのやり方は気恥ずかしく、慣れるのに1カ月もかかってしまった。
だが力強い握手やほおキスはなかなか素敵だ。自然に心の壁がなくなっていくように感じるし、現地に溶け込めるかな、と初めての外国暮らしで覚えていた不安もちょっとずつ取り除いてくれる。
メールの文末にも「Recibe un fuerte abrazo」(強い抱擁を受け取って)、「Recibe besos」(キスを受け取って)などと書くのがボリビア人。触れ合いを重視したあいさつは間違いなく、私の協力隊ライフの幸先良い船出を助けてくれている。
■5分も歩けば友人に会う
タリハは、ワインやシンガニ(ブドウから作った蒸留酒)の産地として有名な街だ。そのため飲む機会はとても多い。飲み会に行くと、「きょうは私の友だちを紹介するわ」といいあい、友だちの輪が広がっていく。職場の飲み会も、みんなが知らない友だちを呼び、歓迎するのもタリハ流だ。
フォルクローレ(ケーナやサンポーニャなどの楽器を使って奏でるアンデスの音楽)を聞きに田舎に行けば、そこではタリハの伝統的な踊りを楽しんでいる人たちがいる。陽気なおばさんに「踊ろう」といきなり声をかけられ、おじさんからは「乾杯しよう」と誘われる。ここでは、友だちの友だち、もっといえば他人であってもみんな友だちなのだ。
タリハの人口は、中心地だけなら4万人ほどと少ない。だから友だちの輪が広がれば広がるほど、道端でもすぐに知り合いと出くわす。私の同僚は、5分も歩けば友だち1人に会うと言う。私の場合はまだ、1日で2~3人だ。これ以外に、常連のパン屋などがあり、スペイン語を絶えず使って暮らしている。
■彼女できたの?と質問攻め
そこで問題となるのが私のスペイン語力だ。「あなたはなんで、スペイン語ができないの」と赴任当初たくさんのボリビア人に指摘されたため、私は一時期、知り合いのボリビア人と顔を負わせるのが憂うつだな、とちょっと感じていた。
ボリビア人はしかし、私の理解力の低さとはお構いなしに、嫌というほど話しかけてくる。ボリビア人の積極性のおかげで、私はいつの間にか、スペイン語をもっと話せるようになりたい、とやる気が出てきた。さもないと、ここで暮らしてもおもしろくないし、活動もできないから。
地球の裏側からやってきた異邦人に本当に良くしてくれるボリビア人。ただ私にはひとつだけ悩みがある。そのひとつが、まったく知らない人から時々、電話がかかってくること。「友だちから電話番号を教えてもらったのよ」と電話口で言われることはざらだ。
また、同僚の女性と街を歩いた翌日などは、「彼女ができたのか?」と、環境教育の授業を私が担当している中学校の教師や生徒から質問攻めにあう。友だちの友だちは友だちという環境は、現地に溶け込んでいきやすい半面、下手なことを何かすればたちまち街中のうわさになる「もろ刃の剣」ということがわかり始めた。
廣瀬大和(ひろせ・やまと)
ボリビア南部にある、アルゼンチンとの国境沿いのタリハで活動する青年海外協力隊員(職種:環境教育)。1989年生まれ。明治大学卒。大学時代に、カンボジアで協力隊員に出会ったことで感銘を受け、社会人2年目に協力隊に応募。2013年7月からタリハ県教育委員会で環境教育の普及に力を注ぐ。