ウガンダのムセヴェニ大統領は2月24日、同性愛者への締め付けを厳しくする法案に署名し、同性愛行為を行った者には終身刑、同性愛をほう助する行為を行った者には、最長7年の禁固刑を科すことを決めた。期を同じくして同様の厳罰化法案を審議していたマラウイ議会は、逆に「否決」という選択肢を選んだ。
東アフリカに位置するこの2つの国は、旧英国植民地でいずれも1960年代に独立。多くの国民がキリスト教徒だが、多民族国家らしく多様性に富んだ伝統や文化風習が残っている。政治的に長期独裁を経験した点でも共通するウガンダとマラウイ。人権とのかかわりで国際的な世論の高まりを見せている同性愛の罰則化に対して、両国が選んだ真逆の対応の背景には何があるのだろうか。「国民性」「政権運営」「欧米の圧力」の3つのキーワードにその答えはあった。
■戦乱が多かったウガンダ
ウガンダとマラウイの国民は、同性愛に対してどんな考え方を持っているのか。歴史的に見ると、ウガンダはアフリカの中でも国家として独裁や戦乱に見舞われることが多かった国のひとつで、国民は常に社会の緊迫感や過激な宗教観と隣合わせに生きてきた。
対してマラウイは、1964年の独立後、戦争や紛争を経験することなく、穏やかな国家として成り立ってきた。こうした違いが、国民の同性愛に対する「敵」意識にも現れているようだ。
2007年に行われた米国ピュー・リサーチセンターの意識調査では、ウガンダ人回答者の96%が「社会は同性愛を受け入れるべきではない」と答えている。また、反同性愛法案が成立した2日後の2月26日には、地元大衆紙が「同性愛者」とする200人のリストを掲載し、ウガンダ国民の同性愛者に対する嫌悪感や差別意識、社会的批判の論調をあおった。国民が常に抱える社会不安が、「異質の者を否定する」という結果につながったかのようだ。
それに比べて、マラウイでは同性愛に比較的寛容で、ニュートラルな考え方を持っている人も少なくない。同国の同性愛行為を規制する法案は、イスラム教徒による市民団体「マラウイムスリム協会」が中心となり成立を求めたが、結果的には否決され、成立しなかった。否決後も抗議活動などは起きておらず、国民感情はいたって冷静だ。
マラウイの街中で、同性愛についての意見を聞いてみても、「宗教的に禁止されているけれど、よくわからない」「遺伝子が関係していると聞いたことがある」などと、強く否定する人はいない。2010年、同性愛行為で逮捕された男性2人をムタリカ元大統領が恩赦で釈放したことがあったが、もしマラウイ国民が同性愛に対して強く否定的であるなら、この恩赦もなかったかもしれない。
■大衆の不満の矛先をそらす?
国内政治はどうだろうか。
ウガンダのムセヴェニ政権は1986年から続く長期独裁政権だ。「ゲリラ戦で政権をとったある種の『帝王的大統領』」とアフリカに詳しいNGO関係者は言う。「国を良くするための政治」というよりも、もはや「政権を継続するための政治」との批判もある。
今回の反同性愛法案への署名も、ムセヴェニ大統領個人のイデオロギーというよりは、政権への不満を和らげるとうい側面が強いようだ。対象が何であれ、いわゆる「マイノリティ」の社会的立場を批判したり、制限したりすることによって、一般大衆の不満の矛先が政権に向かないようにしているようにも見える。
一方、マラウイ初の女性元首で社会活動家としても知られるジョイス・バンダ大統領は「欧米寄り」の外交路線を展開しているが、その背景には、バンダ大統領自身の国内での政治的支持基盤の脆弱さにある。バンダ大統領は2012年、前大統領の急死に伴い、当時務めていた副大統領の座から、選挙を経ずにそのまま大統領に昇格したため、国民の支持を得ているとは言いがたい状況にある。
そのため、バンダ大統領は就任直後、国際通貨基金(IMF)から強く求められていたマラウイ通貨「クワチャ」のドルに対する切り下げを行い、国際社会、とりわけ欧米諸国の期待に応える姿勢を強くアピールした。これにより、欧米諸国から政府開発援助(ODA)をとりつけることで、国民の支持を固め、安定した政権運営を行いたいという狙いがあったのだろう。
■ODAがGNIの28%を占めるマラウイ
しかし、被援助国なのは何もマラウイだけではない。ウガンダもマラウイも欧米諸国などから多額の開発援助を受けている。ただ、その援助がどれほど国家運営に深くかかわっているかという点で差異がでてくる。
同性愛者への締め付けを厳しくすることは、国際社会の信頼を失うとともに、人権意識の高い欧米諸国からの多額の援助を失いかねないことをも意味している。ウガンダが同性愛行為を処罰する法案を可決した際、同性愛の人権を擁護する欧米諸国は、外交ルートを通じて、即座に不快感を示した。
米国のジョン・ケリー国務長官は「このような法律が黒人差別やユダヤ人差別に向けて制定されたとしたらどうだろう。1930年代のナチス・ドイツや1950年代、60年代のアパルトヘイト時代の南アフリカのことを考えてみるといい。どちらも今のウガンダの状況と同じように甚だしく間違っていた」と痛烈に批判。スウェーデンは約1億円、ノルウェーは約8億円、デンマークは約8億6000万円の援助の減額や支援の見直しを表明し、世界銀行は約90億円にも及ぶ融資の延期を発表した。
援助が減ると一体何が起きるのだろうか。その答えは、外国からの援助がウガンダとマラウイの経済規模に照らしていかに重要な位置を占めているかを見ることでおのずと見えてくる。
経済開発協力機構(OECD)によると、2012年、ウガンダがODAとして欧米諸国や日本などから受け取った援助額は約1655億円。同年の国民総所得(GNI)の9.9%にあたる。一方、マラウイの同年のODA受領総額は約1175億円とやや少ないが、GNIでは28.4%を占めている。つまり、海外からの援助が一国の経済に与える影響は、マラウイのほうがウガンダの3倍近く大きいことがわかる。
実際、マラウイは過去に、外国からの援助がなくなり、国家機能がピンチに陥ったという苦い経験がある。2011年、在マラウイ英国大使が「(ムタリカ大統領は)独裁的で寛容さがない」と言及した外交文書が漏洩する事態が発生し、これに憤慨したムタリカ元大統領が、同大使を国外に追い出すという事件が起こった。
これを発端に、主要援助国のひとつである英国が急きょ援助を全額ストップ。外貨獲得手段の乏しいマラウイでは、あっという間にドルが不足して、ガソリンを買い入れることができなくなった。その結果、国内で深刻なガソリン不足が起こり、交通手段や経済活動がほぼマヒ状態に陥った。マラウイは、欧米諸国の支援なしには成り立たない社会構造になっているのだ。
■「アフリカの心の温もり」であり続けるか
マラウイが同性愛者に対して寛容な側面を持っているのは、穏やかな国民性、バンダ大統領による欧米寄りの政権運営、欧米の圧力を受けやすい「援助依存型」の社会構造、という3つの要素が大きく影響している。どれかひとつでも大きく変化するようなことがあれば、ウガンダのように厳罰化の方向に傾きかねない。
マラウイでは2014年5月に大統領選挙が行われる。その結果次第では、新大統領の登場などにより、マラウイの同性愛者に対しての風向きが変わることもあり得るだろう。穏やかな国民の気質から「ザ・ワーム・ハート・オブ・アフリカ」(アフリカの心の温もり)とも呼ばれるマラウイが、誰に対しても優しい国家であり続けることを期待したい。(マラウイ・リロングウェ=谷口香津郎)