元朝日新聞中東アフリカ総局長の川上泰徳氏が1月31日、東京・本郷の東京大学で開かれた退職記念・講演会「私の中東取材」で、33年にわたる記者生活の思いを語った。そのひとつとして、2002年にイスラエルで自爆に失敗して捕らわれたパレスチナ人少年(18)のエピソードを紹介。「(少年が自爆テロに走ったのは)イスラエル軍に攻撃されている現実があったためで、最初から狂信的(自爆に積極的)だったわけではない」と話した。
川上氏が紹介したのは、自らが書いた2002年6月11日付の記事「増える10代の自爆テロパレスチナ(世界発2002)」。川上氏によると、同年5月にパレスチナ自治区の町ジェニン出身の少年が、イスラエルで自爆しようとして兵士に撃たれた。病室で少年の話を1時間以上聞いたところ、「ジェニン難民キャンプがイスラエル軍に破壊された現実を見て、生きていくのに耐えられなくなった」と自爆の動機を語った。イスラム過激派に洗脳されたわけでもなく、凝り固まった宗教的信念をもっていたわけでもない。“普通”の少年だったという。
川上氏は「将来パレスチナの指導者になるような優秀な若者も、自爆行為に走ることがある。若者の選択肢が狭まっている。日本は欧米と違ってアラブ社会に信頼されているので、自爆に走る若者を支える足場を作ることができるはずだ」と語った。
現場に行き、直接相手の話を聞く姿勢を徹底する川上氏。「カイロに赴任したとき、1000人に話を聞こうと思った」と話す。定年まで1年を残して朝日新聞社を退職。今後はフリージャーナリストとして、エジプト・アレクサンドリアを拠点に、中東で取材や発信を続けていくという。「ただ悪くなる状況を伝えるのではなく、たとえ小さくても、和平につながる動きをつかみ上げていきたい」と訴えた。