人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は6月9日、バングラデシュの児童婚の現状を聞き取り調査してまとめた報告書「家が流される前に結婚してしまいなさい:バングラデシュの児童婚」を発表した。このなかで、児童婚が貧困に対処する“セーフティネット”になっている事実を指摘したうえで、バングラデシュ政府が児童婚廃絶に向けた措置を怠っていることを強く批判した。
■160円で出生証明書の年齢変更も
報告書によると、バングラデシュのシェイク・ハシナ首相は2014年7月、英ロンドンで開かれた国際会議「ガール・サミット」で、14年末までに児童婚関連法の改正、国家行動計画の策定などを通じ、児童婚を廃絶すると約束した。にもかかわらず、バングラデシュ政府は、女性が結婚できる年齢を現行の18歳から16歳に引き下げようとしているという。このままでは1年前の公約が完全に反故にされる、とHRWは懸念を抱く。
バングラデシュでは、実は児童婚は法的に禁止だ。結婚できる年齢も女性18歳以上、男性21歳以上となっている。ところが国連児童基金(UNICEF)によると、バングラデシュは15歳未満の少女の児童婚率が世界で最も高い。女性の29%が15歳になる前に、2%が11歳になる前に結婚する。
こうした矛盾が起きるのは、法律を守らない自治体の対応が絡む。少女の実際の年齢が17歳以下でも「18歳以上とする出生証明書」を自治体はわいろと引き換えに発行するからだ。報告書は次のような証言を載せている。
「カジ(イスラム教の婚姻登録係)が私の娘の出生証明書に14歳と書いてあるのを見て、婚姻届の受理を拒否した。(地方政府の)議長のところに行き、100タカ(約160円)を払い、出生証明書の年齢を変更してもらった。その書類は受理された」
■若いほうが「持参金」が安く済む
行政が法律を無視することもあって、児童婚は、貧困に対処する“セーフティネット”として機能する現実がある。児童婚がはびこる主な要因として報告書は次の4点を挙げる。
1)子どもを養えなかったり、学費を捻出できない親は「娘が食べていけるように」との理由で嫁ぎ先を探す
2)教育そのものは無償でも、試験や制服、学用品などの費用が払えない家庭の少女は学業を断念せざるを得ない。そうした少女の多くは親に結婚させられる
3)未婚の少女に対する性的嫌がらせがある。警察はそれを阻止しない
4)女性側が夫の家族に渡す「持参金」の慣例が児童婚を後押しする社会的圧力となっている。少女の持参金は少なくて済む
報告書のなかで5児の母親は「娘たちを食べさせていくお金がない。だから結婚させるしかない」と証言。また15歳で結婚した少女は、6年生になると就学費用が高くなって、さらに通学も往復7キロメートルと遠くなることから、5年生で自主退学。「学校を辞めてしまったので、結婚した」と事情を説明する。
■児童婚の背後に「自然災害」
貧困に追い打ちをかけるのが自然災害だ。HRW女性の権利局のヘザー・バー上級調査員は「バングラデシュの児童婚は、自然災害でその流行がさらに悪化する」と指摘する。
バングラデシュは自然災害の影響を世界で最も受けている国のひとつ。被災し、さらなる貧困に陥った家庭では、娘が結婚させられるリスクがいっそう高まる。災害を見越して、少女を早く見合い結婚させる親も少なくないという。この傾向はとりわけ、川の侵食を受ける地域で顕著だ。
14歳で結婚した少女は「私の父が所有していた土地や家は、川の侵食によって水没した。だから両親は私をお嫁にやった」、また娘を13歳で結婚させた親は「ここは川の侵食を受けた土地。家を川に取られたら結婚が難しくなるから、いま結婚してしまったほうがいい」と報告書の中でそれぞれコメントしている。
バングラデシュは“開発の成功物語”として語られることもある国。貧困率は1991〜92年の56.7%から2010年には31.5%に、妊産婦の死亡率は2001年からの10年で40%も減少した。初等・中等教育の就学率も男女差がなくなった。だが児童婚の取り組みは大きく遅れている。