ベンチャー企業のリンクルージョン(東京・中央)と金融システム開発の日本ブレーン(東京・豊島)は2016年2月から、ミャンマーで、マイクロファイナンス機関(MFI)を対象に「経営情報システム(MIS)」を販売する。1年目は15のMFIへの導入を目指す。現地での営業を担当するリンクルージョンの黒柳英哲社長は「いまはテスト運用中だが、5年後にはフィリピン、ベトナム、インドネシア、カンボジアなどにも広げたい」と意気込む。日本企業がMISを開発し、途上国に売り込むのは初めてだ。
■導入コストは競合相手の半額
両社が開発したMISは、「顧客管理」「業務管理」「経営管理」「社会的成果管理」の4つで構成する。顧客管理を例にとると、オンラインで把握できるのは、借り手の学歴、融資の使い道、家計支出、住居環境、水や電気へのアクセス状況、具体的な仕事内容に加えて、土地や家畜、家電製品、携帯電話、自転車、オートバイなどを所有しているかどうかといった詳細なデータ。また業務管理では、借り手に対する融資状況もひとめで確認することが可能だ。
マイクロファイナンスは「業務が煩雑」なことで知られる。理由は主に2つある。第一に、顧客から担保を取らない代わりに、顧客の細かい情報をヒアリングし、それを入力・管理するため。第二に、融資額が数万~十数万円と小さいだけに顧客の数が多くなり、取引数が膨大となるためだ。
MFIの多くは、こうした業務を紙とエクセルで対応している。ミャンマーには240以上のMFIがあるが、この9割がシステムを導入していない。黒柳社長は「システム化できない最大の理由はコストの高さにある」と説明する。
米国ユタ州に本社を置くクレディッツが提供するMISの場合、初期費用は約750万円にのぼる。この金額は、資金力に乏しいMFIにとって天文学的な数字だ。ミャンマー企業のACEが開発したシステムも導入後3年間の費用は280万円(初期費用100万~150万円+1カ月の管理費5万~10万円)、またネパール企業MBウィンのものも同180万円(初期費用150万~300万円+年間の管理費10万円)と安くない。
これに対してリンクルージョンと日本ブレーンが提供するMISは、日本製にもかかわらず圧倒的に安い。導入後3年間の費用は92万円とMBウィンのおよそ半額。初期費用は20万~25万円、月額使用料は2万~5万円だ。初期費用には、システムの導入に不可欠なサーバー代、支給するタブレット代、ミャンマー人講師による1~2週間の導入トレーニング代も含まれている。
■貧困層のデータをBOPビジネスに
強みは価格だけではない。タブレットを使って入力できるのも特徴だ。MFIのスタッフはタブレットを持って農村に行き、借り手のさまざまな情報を現場でヒアリングしながら打ち込める。インターネット環境がなくてもオフラインで使え、オフィスに戻ってからデータを同期できるという。これにより紙の調査票に書き込む手間がかからなくなる。タブレットは、中古品を扱う日本のIT企業から調達する方向で交渉しているところだ。
メイドインジャパンのMISを普及させるため、両社は、1万3000世帯にマイクロファイナンスを提供する地元のNGOソシオライト財団と提携。他のMFIへシステムを紹介してもらったり、パソコンに触れたことのないMFIの職員でも使えるようミャンマー語のマニュアルを作成したり、導入トレーニングなどで協力を得ている。
リンクルージョンと日本ブレーンはまた、MISを販売するだけでなく、MISに集積する貧困層のデータを活用する青写真も描いている。日本企業のBOP(Base of the Economic Pyramid=貧困層)ビジネスの推進をサポートしたり、援助機関と連携して貧困削減につながる事業を協働したり、といったイメージだ。データを駆使したBOPビジネス支援で収益を挙げることで、MISの価格を下げたいとの思惑もある。
世界ではいまだに約20億人が合法な金融サービスを利用できないといわれる。「2030年までに極度の貧困を撲滅させる」目標を掲げる世界銀行がその手段のひとつとしてマイクロファイナンスを後押ししていることもあって、MFIは今後も増え続ける見通しだ(現状でも世界に4000以上)。黒柳社長は「われわれのMISを普及させ、マイクロファイナンスが貧困削減により寄与する環境を作り出したい」と話す。
マイクロファイナンスとは、貧困層に対し、担保なしの小口融資、小口の保険、貯蓄などを提供する金融サービスのこと。2011年の民政移管・経済改革にあわせてミャンマー政府はマイクロファイナンスを制度化したが、同国の農村では合法な金融サービスを利用する世帯はわずか16%にすぎない。