「私は無宗教!」、イスラム教を捨てたバングラデシュ系アメリカ人の揺れるアイデンティティ

ウメ・ベガンさん。米ニューヨークのバングラデシュ系ショップの前で

ユーチューブの創立者のひとりジョード・カリム氏はバングラデシュ系アメリカ人。米国では1990年代から、バングラデシュからの移民が急増しており、ニューヨーク市、特にクイーンズ地区にはバングラデシュ系のレストランや雑貨店、CDやDVDのレンタルショップが立ち並ぶ。

ニューヨーク州立大学に通うウメ・ベガンさん(20歳)も、そんなバングラデシュ系アメリカ人のひとり。祖国ではイスラム教徒として育てられたが、アメリカ移住後10年となる今、なんと「アラーは存在しない」と言い切る。イスラムの信仰を捨て、バングラデシュ系の中でも“よりアメリカ人”としての人生を選んだようだ。

■米国生活7年目で無神論者に

人口の約90%がイスラム教徒のバングラデシュ。ウメさんも、祖国に住んでいたころは、イスラム教の教典コーランを学ぶ宗教学校に通っていた。家族でアメリカに来てからも、彼女の両親は毎週モスクに行き、友だちもバングラデシュ系イスラム教徒に限定している。ウメさんら娘たちが肌を出す服を着ることを禁止し、同姓婚にも反対。ウメさんの姉たちもイスラム教徒を名乗っており、自分の宗教上の信条とは違う人たちを友だちとして認めない。

そんな環境で育ったウメさんを変えたのは、彼女がアメリカに来て7年後、3年前に出会いお世話になった高校の先生だった。イタリア系アメリカ人の先生自身が無神論者で、宗教的な考えに縛られない生き方にとても憧れて、イスラムの信仰を捨てることを決意した。「アラーを含めたどの神も信じないし、私の生活は神から独立している」と語るウメさん。無神論者であることを誇りに思っていると明言する。

しかし同時に、無神論者になることで、彼女は「自分が何者なのか」という問題に向き合わざるを得なくなったようだ。それというのも、宗教、特にイスラム教を信仰することは、バングラデシュ人としてのアイデンティティの重要な要素であるからだ。その意味で、自分の両親や他のバングラデシュ人に比べて、「彼らのようにコーランに反するものを全て排除する保守的な考え方を持たなくなって良かったが、自分はもう完全なバングラデシュ人ではない」と感じているという。

■宗教捨ててもバングラデシュ人

イスラム教を捨てたウメさんだが、その他の面では、バングラデシュ系としてのアイデンティティを強く意識している。バングラデシュの言語ベンガル語を日常的に使い、バングラデシュ出身だからこそ持つ価値観を日々大切にしている。例えば、故郷で貧しい物乞いをする人たちを日常的に見て、貧困がどういうものなのか理解しているので、「大半のアメリカ人みたいに無駄遣いはしない」と言う。

ニューヨーク市近郊は、アメリカ国内のバングラデシュ系アメリカ人が、最も多く滞在する地域で、その人数は、2010年の総計で5万3000人以上。その約95%がイスラム教徒と推定される。ウメさんのように、アメリカに移住後に無宗教になったり、他の宗教に改宗するバングラデシュ系アメリカ人はまだまだ少数派だ。

実のところ、ウメさん自身、イスラム教を捨てたことを、彼女の両親には「口が裂けても言えない」と秘密にしている。良い関係を保つためだそうだ。ここにも、バングラデシュ系アメリカ人にとっての、宗教とアイデンティティの複雑な関係を垣間見ることができる。