国民登録カード(ID)がないために、恵まれた仕事に就けず、貧困から抜け出せない人たちがいる。
ミャンマー・ヤンゴンに住むアウン・モエ・ウィンさん(28歳)もそのひとりだ。ヤンゴン川の北部が目覚しい経済発展を遂げる一方で、その対岸のダラ地区には貧しい人が多く住む。彼の家は、この地区のスラムに建つ掘っ立て小屋だ。
仕事はコメ運び。日雇い労働者だ。収入は1日3000チャット(約300円)程度、多くても1万チャット(約1000円)。彼は「妻と3人の子どもを養っていくのが精一杯。だから英語とミャンマー語の通訳(観光ガイド)になって、1日3万チャット(約3000円)以上稼ぐのが夢だ」と語る。
学歴は小学校卒業。だが英語は堪能だ。「十分な教育を受けられなかった。でも、英語は独学で勉強してきた」と言う。
しかし夢の実現には大きな壁が立ちはだかる。観光ガイドのライセンスを取得するにはIDが必須だからだ。IDを取得するためには、出生証明が行政に登録されている必要がある。だが、アウン・モエ・ウィンさんの両親もスラム生活者で、彼の出生届けを出さなかった。
「出生の登録は、生まれたときにされるもの。年をとってからの登録には、仏教徒だと3万チャット(約3000円)以上のわいろを払わなければない。わいろを払ってまで、出生登録をする余裕なんてない」(アウン・モエ・ウィンさん)。ちなみにイスラム教徒の場合、8万チャット(約8000円)かかるという。出生登録が認められた後、ようやくIDの取得を申請できるが、この際も4万チャット(約4000円)程度のわいろが必要だ。
「IDのない人は信用が低い。雇用することは難しい」(ヤンゴンの日本人経営者)。これが、IDをもたないスラム住人の多くに対する社会の評価だ。
アウン・モエ・ウィンさんは言う。「IDがなければ、お金も稼げない。選挙権もない。私は、お金を貯めて、スラムから出たいし、民主化の過程にも参加したい」