【フィリピンのど田舎で、モッタイナイとさけぶ(6)】月収500円の家庭も! 有機デモファームは収入向上をもたらすか?

有機農業について農業事務所の同僚(右)から説明を受ける農民たち(フィリピン・ティナンバック)

「1人484ペソ(約1300円)」。あまりに低い月収に、私は言葉を失った。これは、フィリピンは南カマリネス州ティナンバック町にあるバランガイ(地区。最小行政単位)で暮らす農民1人当たりの平均月収だ。

農民は収入に見合わない高額な化学肥料を買い、借金を重ねているという。草花などを肥料に使う有機農業にシフトすれば、肥料代を抑えられるのに、と私は思った。知識がないために、値段が高い化学肥料に手を出さざるを得ない「サヤン(フィリピン語で『モッタイナイ』)な状況」を変えようと、青年海外協力隊員である私の配属先、ティナンバック農業事務所は「有機農業」のデモファーム作りに乗り出した。

■肥料代は「借金」と化す

ティナンバック町の中心部から5キロメートルほど奥地に入ったバランガイ、ブラオバリテ。中心部の小学校に7月末、約20人の農民が集まった。デモファームで教える有機農業の有効性を説くために、農業事務所が開いた説明会だ。

説明会で私は参加者に対し、生活状況を尋ねるアンケートを実施した。ティナンバック町は2008年の「1世帯あたりの平均月収」として6880ペソ(約1万8500円)というデータを持っている。だが、これは収入の高い公務員家庭も含めたデータ。農民の実態を知りたかった。

1人当たりの月収を計算してみたところ平均484ペソだった。214ペソ(約577円)しかない家庭もあった。首都マニラの日本料理店であれば、そばを1杯注文するだけで消えてしまう額だ。

ティナンバックは「貧困の町」と聞いていたが、フィエスタ(祭り)ともなれば、私のホストファミリーは1万ペソ(約2万7000円)以上をかけて料理を用意する。飢えた浮浪者も見かけたことがない。それが、500円少々の金額で1カ月を過ごしているなんて…。「貧困」という言葉を初めて強く意識した瞬間だった。

農業事務所は化学肥料を販売しているが、価格は1袋(50キログラム)1000ペソ(約2700円)と高い。しかもこの肥料でまかなえる農地は1ヘクタール。広い農地を持っていれば、それだけ肥料代もかさむ。

「農家は、借金をして化学肥料を買う。収穫後にお金が入ったら返済している。でも、それだけでは足りないから、奥さんがベビーシッターをしたり、裕福な家庭に働きに行ったりしながら、生計を立てているんだ」。農業事務所の農業技術者、セジュンド・ラニョンさん(61)はこう説明する。

ティナンバックは、台風の通り道になりやすいビコール地域に位置する。台風が直撃すれば、肥料代はたちまち「借金」と化す。

カラバオ(水牛)でデモファームとなる農地を耕す農民

カラバオ(水牛)でデモファームとなる農地を耕す農民

■ボカシは化学肥料の17分の1

「マニラだと有機野菜は、化学肥料を使って作った野菜の10倍の値段で売られている」「ごみは堆肥化すれば減らせる」

ブラオバリテの説明会では、私も現地語のビコール語を使い、有機農業だと付加価値がつくこと、堆肥化でごみが削減できること、化学肥料は身体に悪いことなど、有機農業の利点を説明した。しかし、農民の関心がもっとも高かったのは「野菜栽培にかかる経費を減らせること」だった。

例えば、農業事務所が推奨する液肥の一つ、FPJ(天恵緑汁)。これならば、山で摘んだ草木を、1キログラム当たり20ペソ(約54円)の糖蜜に1週間漬けて発酵させるだけだ。また、日本の技術であるボカシも、鶏ふん250キログラムを250ペソ(約675円)、米ぬか10キログラムを100ペソ(約270円)で購入し、土ともみ殻くん炭(もみ殻を燃やして炭化させたもの)を混ぜて発酵させれば完成する。6袋(1袋50キログラム)はできるため、コストは化学肥料の17分の1だ。

ブラオバリテのバランガイキャプテン(地区長)を務めるネスター・ナピリさん(57)は「農家は、肥料を買うために借金をする“ギャンブル”のような農業をしている。有機農業の知識が広まって、経費削減になってくれれば」と歓迎。説明会に参加した、オクラとホウレンソウを育てているという男性(43)は「経費を抑えられて、高く売れて、健康にも良い。有機農業を早く覚えたいよ」とやる気を見せていた。

■デモファームが雑草だらけ!

農業事務所は、5つのバランガイでデモファームを開くように交渉を続けている。ブラオバリテはその一つだ。

ブラオバリテは、バランガイキャプテンのネスターさんが有機農業に高い関心を示してくれていることもあり、説明会の3日後には、デモファーム予定地である小学校の敷地の一角をカラバオ(水牛)で耕した。農家の男性たちは、盗難を防ぐための柵も立てた。その2週間後の8月上旬には、ナスやオクラ、ぺチャイ(ホウレンソウ風の野菜)の苗植えまで終わった。

それからすでに約3カ月が経過。有機肥料セミナーの開催を何度も試みたが、バランガイ側の行事と重なったり、農業事務所の同僚が体調不良になったり、事務所が必要な肥料の材料をそろえられなかったりと、延期に次ぐ延期が続いている。デモファームの敷地を提供する小学校の校長は「農民たちも、どんな肥料の作り方を教えてもらえるのか、すごく楽しみにしているんだけど」と漏らす。せっかくのやる気をそぐ結果となっている。

野菜との区別がつかないほど覆い茂ってしまった雑草

野菜との区別がつかないほど覆い茂ってしまった雑草

モッタイナイのは、やる気だけではない。デモファームを9月末に訪ねると、雑草は生い茂り、植えた野菜と見分けがつかないほど。農民有志が雑草取りや水やりをやってくれていたようだが、農業事務所のフォロー不足もあり、管理はおろそかになっていた。せっかく植えた種や苗は無駄に。ほかの4つのバランガイも、デモファームの予定地はそれぞれ決まったものの、こちらもスケジュール管理がうまくいかず、デモファーム開始に向けた説明会すら開けないままだ。

デモファームを早く始めることができれば、それだけ早く有機農業の知識を伝えられる。高い化学肥料を買わなくてすむようになるかもしれない。有機野菜の販売で高い収入を得られるようになるかもしれない。スケジュール管理、必要な物品の購入、苗植え後のアフタフォロー、バランガイとの連絡体制など事務所体制の一日も早い確立が、バランガイの貧困にストップをかけると信じている。