国連教育科学文化機関(UNESCO)は11月19日、アジア太平洋の約40カ国・地域を対象に、LGBT(性的少数者=レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)が学校で受けるいじめの実態を明らかにする報告書「侮辱から包摂へ」を発表した。参考にしたいくつかの調査で、LGBTの生徒の77%がいじめを受け、33%が絶望を味わい、70%が自傷行為をし、50%近くが自殺を企図した経験をもつことがわかった。アジア太平洋の性的指向によるいじめ問題を包括的に取り上げた報告書は今回が初めて。
■「学校のトイレは使わない」
いじめの手段でオーソドックスなのは、暴言をはかれたり、脅されたりといった「言葉の暴力」だ。このほか、殴打や体罰、レイプ、持ち物を壊されるといった「肉体的な暴力」、仲間外れや無視、変な噂を流されるなどの「精神・社会的な暴力」もある。いじめの加害者は生徒が多いが、なかには学校側がLGBTを排除するケースもある、と報告書は指摘する。
肉体的な暴力を受ける場所のひとつが学校のトイレだ。このためオーストラリアの調査ではLGBTの生徒の9%が「学校のトイレは使わない」と答えている。また、精神・社会的な暴力の場としては学校行事がある。LGBTの生徒は排除されることが多いからだ。
驚くのは、学校のカリキュラムや教科書がいまだにLGBTに配慮していない国が少なくないこと。中国の教科書を調べたところ、88%に「ホモセクシュアルは精神疾患」との記述があったことが判明した。教育システムの中にもLGBTへの差別は根強く残っている。
差別やいじめを日常的に受けることからLGBTの生徒は、そうでない生徒に比べて、絶望や不安を感じたり、自殺を図ったりする確率が高い。インドネシアの調査によれば、同国では学校でいじめを受けたLGBTの17%が自殺未遂の経験があるという。
■経済損失はGDPの1.7%
性的指向を理由にしたいじめは、学業にも悪影響を与える。
フィリピンやタイ、ベトナムなどでは、制服や髪形など、男性・女性の格好を定める校則が苦痛で、中退するLGBTの生徒は少なくない。中国では、いじめを受けたLGBTの生徒の24%が「勉強への興味を失った」と答えている。
LGBTにとって居心地が悪い学校では、LGBTの生徒は落ちこぼれていく。これは東南アジアや中国だけでなく、日本やインド、オーストラリア、ニュージーランドでも同じ傾向だ。
十分な教育を受けられないLGBTはどうなるのか。職業選択の幅が狭まるのはもちろん、稼げる能力、社会保障などへのアクセスなど、生涯にわたって大きなハンディを背負うことになる。また、LGBTの若者にとって差別は学校だけで受けるのではなく、職場でもずっと続く。
この報告書は、LGBTへの差別・暴力の経済的なインパクトも算出している。インドを例にとると、経済損失は国内総生産(GDP)の0.1~1.7%。金額にして少なくとも19億ドル(約2340億円)にのぼることがわかった。
■保健体育でLGBTを学ぶ
LGBT差別をなくそうという動きも徐々にだが出てきた。
中学・高校や大学などで「性的指向と性別認識の問題」を国家レベルで学習カリキュラムに採用しているのは、オーストラリアやモンゴル、ニュージーランド、ネパール、台湾だ。とりわけネパールは6~9年生の保健体育の授業で教えている。
LGBTへのいじめに対処する法律や政策をもつ国・地域は、報告書によるとアジア太平洋諸国の3分の1以下。これらは、オーストラリア、香港、台湾、フィジー、インド、日本、パプアニューギニア、フィリピン、シンガポール、韓国、スリランカ、ベトナムなどだ。
ただ、「国の法律」として定めるのはフィジーとフィリピンの2カ国だけ。インドは最近、第3の性である「ヒジュラ」の生徒に対する優遇制度を導入した。
9月の国連総会で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」は目標4で「すべての人に包摂的で質の高い教育を普及させる」とうたっている。UNESCOバンコクのアドバイザーは「LGBTの生徒がきちんと学べるよう、各国の教育省は環境を整える必要がある」と要望する。