ミャンマーの仏教徒はイスラム教徒をなぜ嫌悪するのか? 「バマー・ムスリム」が語る

バマー・ムスリムのムサさん。ビルマ族だが、代々イスラム教徒の家庭で育った。同じくイスラム教徒の妻とは14年前に死別。今は英語教師の長女とマンダレー市内のアパートでふたり暮らし

「バマー・ムスリム」と呼ばれる人たちがミャンマーにいる。ミャンマー国民の6~8割を占める多数派「ビルマ族」(「バマー」はビルマ族の意)だが、イスラム教を信仰する人たちを指す。「ビルマ族=仏教徒」(実際は9割)とされるなか、少数派のバマー・ムスリムは差別や迫害を受けてきた。そんなバマー・ムスリムが暮らすコミュニティーを国内第2の都市マンダレーで取材した。

■ムスリムはビルマ族ではない

「ミャンマーではイスラム教徒はあくまでイスラム教徒。ビルマ族として認めてもらえないんだ」。バマー・ムスリムのムサさん(76)はあごに蓄えた真っ白なヒゲをさすりながらこうつぶやく。

マンダレー市中心部のザガインダンにあるモスク。薄暗い路地にあるモスクを囲むようにバマー・ムスリムたちの居住区が広がり、ここが明らかに周囲と隔てられていることがわかる。

ムサさんは元翡翠(ひすい)・宝石商のバマー・ムスリム(ミャンマー東部シャン州出身)。モスクでの1日5回の礼拝を欠かさない敬虔なムスリムだ。元商売人らしく洗練された英語を話すが、口をつくのは、バマー・ムスリムがいかに差別的な扱いを受けてきたかという苦労話だ。

「ビルマ族の仏教徒が私たちを無視したり、イスラム教徒が住む近くに近寄りたがらないのは当たり前。ひどいのは、ビルマ族経営の店や会社で働くことをあからさまに断られたり、政府が国民登録証(NRC)の発行を拒否することだよ。この国ではNRCがなければ就職も投票も何もできないからね」

ミャンマーの国民のおよそ5%を占めるイスラム教徒の大部分はインド系か、「パンジー」と呼ばれる中国系ムスリム。ただ、実際にはバマー・ムスリムは国内に一定数存在する。彼らはビルマ語を母国語とするビルマ族でありながら、少数派のイスラム教徒という理由だけで平等に扱われないのが現状だ。

ムサさんは、今はNRCを持ってはいる。しかし17歳で働き始めた当時は発行を拒まれ続けて、もともと自営業をしていたのもそれがきっかけだ。現在は少しずつ改善されているというが、ザガインダンではいまだにNRCを持てない人もいる。NRCを申請するために仏教徒と信仰を偽る人さえいるという。

マンダレー市ザガインダン地区のモスクで祈りを捧げるバマー・イスラムたち。マンダレーには中国系イスラム教徒が集うモスクもある

マンダレー市ザガインダン地区のモスクで祈りを捧げるバマー・イスラムたち。マンダレーには中国系イスラム教徒が集うモスクもある

■対立の原因は軍事政権

バマー・ムスリムを含めたイスラム教徒はなぜ、ここまで差別されるのか。「軍事政権時代(1962~2007年)の政府が権力基盤を維持するためにイスラム教徒を利用した」。これがムサさんの、そしてミャンマーの大方のイスラム教徒の見方だ。

「国軍は、多数派である仏教徒の批判の矛先が軍に向かないように、あらゆる手を使ってイスラム教徒を市民の敵に仕立てあげた。多くの仏教徒は軍の世論操作に引っかかり、そこに一部の仏教原理主義者の僧侶グループが加わって収拾がつかなくなった」

イスラム教徒への嫌悪は時に暴力に発展する。マンダレー市内では2014年、仏教徒がイスラム教徒の居住区を襲撃。死傷者を出した。ムサさんが当時暮らしていたアパートの目と鼻の先のザガインダンのモスクにも暴徒化した仏教徒が侵入し、コーラン数冊が燃やされる事件も起きている。

ミャンマーの仏教徒は、バマー・ムスリムであっても、インド系、中国系など他のイスラム教徒と区別しない。そのため民主化が進む現在のミャンマーでも、ビルマ族であろうとなかろうとイスラム教徒ならばいつ差別・迫害の対象になってもおかしくないのだ。

「この国は仏教国であり続けるべきで、イスラム教徒は国にとって脅威である」。ミャンマーではいまだにこう説く高位の僧侶が存在し、悲しいことにそれが一般市民のイスラム教徒に対する敵対感情を煽っている側面もある。

ムサさんは唇を歪ませる。「どうして同じ民族にこんな仕打ちができるのか。正直、この国の仏教徒が恐ろしい。私たちイスラム教徒は何も責められるようなことをしていないのだから」

ザガインダンのモスクで祭司を務めるバマー・ムスリムのナインウィンシュエさん(写真中央)と両脇はムスリム仲間。モスクには宗教学校が併設され、子どもたちは小学校入学以前(4歳〜)から「コーラン」の暗唱とアラビア語を勉強する

ザガインダンのモスクで祭司を務めるバマー・ムスリムのナインウィンシュエさん(写真中央)と両脇はムスリム仲間。モスクには宗教学校が併設され、子どもたちは小学校入学以前(4歳〜)から「コーラン」の暗唱とアラビア語を勉強する

■民主化しても変わらない?

2016年4月に新政権のもと民主化の一歩を踏み出すミャンマー。しかし次期政権のかじ取りを任される与党の国民民主連盟(NLD)のアウンサンスーチー党首も、バマー・ムスリムやロヒンギャ族(特にひどい迫害を受けている民族)などイスラム教徒をめぐる問題には完全に沈黙したままだ。

たとえ政府が軍事政権から民政へ移管したといっても、イスラム教徒に対する社会全体の認識が変わらない限り、バマー・ムスリムをはじめとするこの国のイスラム教徒をとりまく環境が劇的に改善するとは思えない。特に「ビルマ族は仏教徒であるべき」という暗黙の了解があるなか、民族的にはビルマ族であるバマー・ムスリムは仏教徒の反感を余計に買いやすく、問題は複雑だ。

国の「民主化」の前にまずやるべきことが他にあるのではないか――。メッカの方角に向かい、うやうやしく頭を下げるバマー・ムスリムたちはこう語っているようにみえる。

「仏教徒が憎くないといえば嘘になる。ただイスラム教は平和を願う宗教。私ができるのはこの国のすべてのイスラム教徒が偏見から逃れるのを願うことだよ」。ムサさんはつぶやいた。

モスク周辺では多数のバマー・ムスリムが寄り添って暮らす。国民登録カード(NRCまたはIDと呼ばれる)を持っていない人も多く、同じ境遇の者同士で固まって生活するのは自己防衛のための手段でもある

モスク周辺では多数のバマー・ムスリムが寄り添って暮らす。国民登録カード(NRCまたはIDと呼ばれる)を持っていない人も多く、同じ境遇の者同士で固まって生活するのは自己防衛のための手段でもある