「履いていたスリッパを盗まれた人がいた。けれどもその人は、その事実を誰にも言わなかった。なぜかというと、前世で自分自身も誰かのスリッパを盗んだからだよ。公言することは自分が前世で盗みを働いたと認めているのと同じだからね」
ミャンマー・ヤンゴンでホテルを経営するティン・アウン・ウィンさんはカルマ(行い)についてこう説明する。国民の85%が仏教徒であるミャンマーで輪廻転生を信じている仏教徒は、前世または現世のカルマが自分に返ってくるという考えを信じている。
ミャンマーではいたる所に学習塾(「チューション」と呼ばれる)がある。ヤンゴン市サウスオカラッパ地区にあり、住宅に囲まれたチューションでは、夏休みにもかかわらず29人の高校生が大学受験の準備のため勉強に励んでいる。この塾の先生を20年以上務めるドウ・サン・ティさん(50歳)によると、所得格差が広がっているミャンマーで、生徒の家庭状況によって塾の月謝を変えている。このため様々な環境にある子どもが通ってくるという。
生徒によって親の経済状況が変わることについて、女子生徒のキン・ウィー・チョウさん(15歳)とタッ・エイン・ザリさん(16歳)は「貧困家庭にある人は前世のカルマが良くなかったから。寄付による支援は存在するけれど‥‥」と話す。「良くないカルマ」とは、例えば前世で生きものを殺傷したり、ものを盗んだりすることを指す。
ではミャンマーで世界的に問題視されている仏教徒とイスラム教徒の紛争は許されるのか。過激派のイスラム教徒のみならず、罪のないイスラム教徒の人々を殺傷する過激派の僧侶が集まる集団(969運動など)をどう考えているのか、ヤンゴンの人たちに聞いてみた。
ホテルオーナーのティン・アウン・ウィンさんは「イスラム教徒でも誰でも人を殺めてしまうことは、自分の来世に影響すると信じている。しかし歴史的にイスラム教徒を好きになれない気持ちもあって、非常に複雑な問題なんだ。独立のためにともに戦った『良い』イスラム教徒もいることは理解しているけれど、国民の中に存在する偏見を取り除くのは容易ではないよ」と語る。
同じホテルで働く従業員のマウ・ミェさん(36歳)は「イスラム教徒を虐殺したり、攻撃したりすることは来世に絶対的に影響するだろうし、軍に関与する人々が誤った情報をミャンマー人に流して政治的に利用しようとしているからだよ」と話す。
これに対して、貧困家庭のイスラム教徒の子どもたちが通う、また家族がいない子どもたちが勉強したり、生活したりするマドラサ(イスラム学校)では、先生も生徒も「仏教徒を特に憎いとは思わない。仏教徒とイスラム教徒の間の紛争はお互いの誤解によるものだし、政府が作り上げたイメージによるものだと思う。それよりも同じ『市民』として平和を求めるよ」と一様に言っていた。