電車は速ければいいのか? 「車内の物売り」の視点で考える

ヤンゴン環状鉄道の車内。自分の横にコオロギを置いて座る男性。コオロギは手のひら大の袋ひとつで1000チャット(約100円)

「(電車が)これ以上速くなると、車内で歩き売りする時にこけてしまう」。こう話すのは、頭に大きなトレイを乗せながら、ミャンマーの伝統菓子「トーモッ」を売る44歳の女性エッエッさんだ。

■車内販売が稼ぎの半分

ここは、ミャンマーのヤンゴン環状鉄道の車内。この鉄道はヤンゴンの中心と郊外を結ぶ、東京でいえば山手線のような路線だ。車両には扉も窓ガラスもない。天井には扇風機が等間隔に設置されている。座席に足を伸ばして座る人や、外を向いて正座する人、トウモロコシやコオロギを自分の横において座る人など自由奔放な乗り方がおもしろい。

エッエッさんは、車内で1つ300チャット(約30円)のお菓子を売り、1日の収入は8000~1万チャット(800~1000円)。車内だけでなく、ヤンゴン市内の市場でも売る。しかし車内の売り上げは1日の稼ぎの半分に相当する5000チャット(約500円)に上るという。

エッエッさんにとって重要なのは電車のスピードだ。環状鉄道のスピードは、日本でいえば山手線の電車がホームを離れる時の速度と同じぐらい。つまりかなり遅い。エッエッさんは「モノを売るにはちょうど良いスピード」。物売りにとっては、ゆっくり走る電車の中が経済活動の場となっている。

エッエッさんは「(電車が)もし速くなれば、車内を歩いてモノを売ることは難しくなる」と頭を抱える。環状鉄道の車内では、多くの人が農産物や伝統的なお菓子、水などを売り、生計を立てている。ペイジッ(コオロギを油で揚げたもの)を販売する男性(28)は「速くなると(乗車時間が短くなるため)売り上げが減ってしまう」と収入の減少を危惧する。

■乗客は「もっと速く」

環状鉄道を近代化する政府開発援助(ODA)プロジェクトを、日本政府は2015年、ミャンマー政府との間で調印した。1日の輸送旅客量を2015年の85万200人から2020年には214万人へと約2.5倍に増やすのが目標だ。国際協力機構(JICA)によると、運行間隔を現状の15~40分から10~12分間隔へとし、また一周にかかる時間を現在の2時間50分から1時間50分へと1時間短縮する。

環状鉄道の車内でインタビューした乗客15人中13人(86%)は「(電車が)速くなってほしい」と答えた。「交通渋滞に巻き込まれる車とは違い、時間通りに目的地へ着くことができるから鉄道を使っている」「速度を上げるのなら、線路の状態を良くしてほしい」と鉄道の利便性アップに期待を寄せる声が多い。

環状鉄道を利用したことがない女子大生(18)は「家からも、目的地からも駅は離れているし、切符売り場がわかりづらい」と不満を口にする。バスを普段利用するという男性(36)は 「(環状鉄道は)本数が少なく不便。(速度など鉄道の設備が改善された場合も)駅が遠いのであれば意味がない。使わないだろう」と指摘する。乗客の視点から見れば、解決すべき問題は山積みだ。

■物売りの仕事を奪う?

英字紙「ニュー・ライト・オブミャンマー」(4月2日付)によれば、アジア開発銀行(ADB)は、ミャンマー新政権は経済発展のために交通インフラへの投資を増やすべきとの見解を示している。先進国ではいうまでもなく、鉄道のスピードが速いのが一般的だ。

ただ、ミャンマーのような途上国では鉄道がゆっくり走るから、そこで生計を立てられる人がいるのも事実。電車のスピードアップは物売りから仕事を奪うことにつながりかねない。電車のスピードをどうするかといった問題は、生産活動を効率化すれば、経済は発展するが、その一方で、貧困層はその恩恵を受けられず、その結果、貧富の差が広がるという“世界の現実”を如実に示しているといえそうだ。

ヤンゴン環状鉄道は1877年に英国による統治下で原型が作られ、独立後の1954年に現在の形となった。路線距離46キロメートルは山手線(約35キロメートル)よりも長い。駅の数は38。JR西日本などから中古車両が譲渡され、懐かしい日本の車両がいまも活躍している。

頭に乗せたお菓子を売るエッエッさん。ミャンマーのヤンゴン環状鉄道の中で

頭に乗せたお菓子を売るエッエッさん。ミャンマーのヤンゴン環状鉄道の中で