デング熱、ジカ熱など、熱帯・亜熱帯地域でみられた感染症が世界各地で猛威を振るっている。世界保健機関(WHO)によると、2015年にマラリアに感染した人は全世界で推定2億1400万人。世界人口の約半数に相当する32億人がマラリアの感染リスクにさらされているといわれる。夏本番を迎える前に、マラリアが日本で流行するかどうかを考えてみたい。
「日本でマラリアが流行する可能性は低い」。こう楽観視するのは、長崎大学熱帯医学研究所で蚊の生態を研究する高木正洋名誉教授だ。
高木名誉教授によると、マラリアが流行する条件は3つある。第一に、マラリア原虫をもつ感染者が国内に多くいること。第二に、マラリアを媒介するハマダラカがいること。第三に、 人間が住む環境の中に、マラリアを媒介するハマダラカが生息していること。マラリアが人に感染するには、マラリア原虫が感染者から血液を介して蚊の体内へ侵入し、その蚊が次の人を刺さなければならない。3つの条件がすべて揃わない限りマラリアが流行することはほぼない、と高木名誉教授は言い切る。
日本でマラリアは1960年代に撲滅された。これはつまり、日本国内にマラリア原虫を保持する感染者がいないことを意味する。ただ海外でマラリアに感染した人が日本へ持ち込む危険は少なからずある。国立感染症研究所によると、マラリアに感染する海外渡航者はここ10年、年間30人以下だ。
そもそもマラリアは、人から人へは直接、うつらない。感染者が国内で出ても、マラリアを媒介するハマダラカがいなければ感染は広がることはない。
世界には約3500種の蚊がいる(日本には100種超)。高木名誉教授によれば、このうちハマダラカは500種超(日本にいるのは11種)。マラリア媒介能力が高く危険とされているのは約20種だが、日本に生息するのは「コガタハマダラカ」の1種だけ。コガタハマダラカは国内では石垣島や宮古島、西表島など沖縄県の南部にしかいないという。「地球温暖化といっても北上してくる兆しは今のところない」(高木名誉教授)
仮にマラリア原虫をもつコガタハマダラカが日本にいたとしても、その蚊に刺されなければ感染することはない。高木名誉教授は「コガタハマダラカに限らず、マラリアを媒介する危険なハマダラカは『自然な環境』を好む。一般的な都市の生活圏(日本の多くの場所は都市化している)で繁殖する可能性は低い」と説明する。
ちなみにデング熱を媒介する危険なヒトスジシマカ(ヤブカ)は、日本に広く生息するうえに、人のいる都市環境を好む。デング熱が2014年に、160人の感染者を出すなど東京で流行したことは記憶に新しい。ただ「3つの条件」を比較してみると、デング熱とマラリアは似て非なるものといえそうだ。