東南アジアの6カ国でシャープが販売する“蚊を飲み込む空気清浄機”が大人気だ。2015年9月の発売から現在までに、当初の目標台数の2倍を売り上げ、4月には日本に逆上陸した。シャープ空調・PCI事業部第二商品企画部の冨田昌志部長は「東南アジアの人たちの要望に応える形で、開発し、先行発売した製品。東南アジア発のシャープ製品を、日本をはじめとするグローバル市場で展開するのは初めて」と語る。
■3台買う家庭も!
この商品の名称は「蚊取空清(かとりくうせい)」。東南アジアでは「Mosquito Catcher Air Purifier」と呼ばれる。空気をきれいにしながら、蚊も吸い込む空気清浄機は、世界でこれしかないという。室内にいる蚊を、蚊の習性を利用しておびき寄せ、空気清浄機の気流で吸い込み、粘着シートにくっつける、というのが基本的な構造だ。
本体のカラーは「真っ黒」の一色のみ。蚊が真っ黒を好むためだ。また、光に集まってくる習性を蚊がもつことから、UVライトも搭載。蚊をおびき寄せる。本体の側面には縦3.7センチメートル、横9センチメートルの小窓を合計10個付け、ここから蚊を吸い込む。
本体(タイ製)価格は国によって異なるが、日本円にして3万~4万5000円。粘着シートは、本体を購入した電気屋で買える。3枚1組で2000円前後。1枚当たりの寿命は1カ月だ。使い終わったシートは剥がして捨てる。
マレーシアでは、1人当たりの国民総所得(GNI)が1万1120ドル(約117万9000円。2014年)と1カ月換算で約10万円以下であるにもかかわらず、高額の蚊取空清を2、3台購入する家庭もあるという。
蚊取空清をシャープが販売する国は現時点で、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイの東南アジア6カ国と日本。仕様は国によってアレンジしており、マレーシアやシンガポールでは、スマトラ島やカリマンタン島で起きる煙害(ヘイズ)への対応として強力吸引するヘイズモードを搭載する。日本では花粉モードがある。
■「殺虫剤は健康に不安」
蚊取空清を開発するきっかけとなったのが、マレーシア在住のシャープ・アセアン地域責任者が発した一言だった。「マレーシアで深刻なのは、空気清浄機が殺菌できるウイルスよりも、蚊だ。蚊を何とかしたい」
マレーシアなどの東南アジアでは、蚊を駆除するスプレーが、日本の2倍ぐらいのサイズで数十種類もスーパーの棚に並ぶ。値段は200~300円。これを2、3日で1本使い切る家庭もあるという。ただ、マレーシアでシャープが実施した消費者アンケートでは、殺虫剤の使用で健康を害することを不安に思っている人が80%もいることがわかった。
シャープは当初、空気清浄機と日本製の安全な殺虫剤を組み合わせた商品の開発を進めた。ところが殺虫剤を清浄機のファンが拡散してしまい、殺虫効果が弱まってしまうことがわかり、このやり方を断念した。
開発チームは殺虫剤を使わない方針に転換。「黒いものや光に集まり、狭いところを好む」という蚊の習性に着目し、6畳ほどの広さの部屋に蚊を放ち、実験を繰り返した。ポイントは、本体の色、UV光の強さ、吸い込み窓口の3つだった。
「マレーシア保健省医療研究所(IMR)に協力を仰ぎ、1年で67回実験した。合計で1万匹以上の蚊を使用した」(冨田さん)。この地味な努力が奏功して、実験室に放った蚊の80%以上を吸い込めるようになった。構想から6年をかけ、製品化にこぎ着けた。
■ブラジルの消費者も注目
CNNに取り上げられたこともあって、「蚊取空清を売ってほしい」と切望するメールが北米や南米ブラジルの消費者から届いているという。アメリカ大陸への展開は検討中だが、シャープはこの夏、中国と台湾でも発売する予定だ。
ただマラリアが蔓延するアフリカで発売するのは難しいようだ。冨田さんは「製品の価格を考えると、ベトナム(1人当たりGNIは1890ドル=約20万円)やフィリピン(同3500ドル=約37万円)程度の所得がある国でないと難しい。アフリカにはシャープの販売子会社もないから、蚊取りシートの販売やアフターサービスも提供しにくい」と打ち明ける。
東南アジア全体の空気清浄機市場は、年間30万台程度と日本や中国の10分の1程度と小さい。「東南アジアで蚊取空清が大ヒットしたことで、シャープの他の空気清浄機の性能や効果も再認識してもらえるようになった」と冨田さん。独自のアイデアが、シャープのブランドを強化し、また新たな需要を掘り起こしているようだ。