多くの女性たちがシリアなどから欧州を目指す途中で難民キャンプに助けを求める。ところが、キャンプでは出産や流産、女性特有の感染症でさらに辛い経験をする人も多い。ギリシャにあるシリア難民キャンプで支援活動に携わった助産師は「状況を想像してほしい」と訴える。
■若年妊娠、過酷な難民生活
「妊娠中の妻が出血している」。4月、ギリシャ北部・ヘルソの難民キャンプ。医療テントに30代のシリア人男性が駆け込んできた。妊婦は15歳のシリア人少女。出血のほか、腹部の痛みも訴えていた。
このキャンプで赤十字社の国際チームとして活動していた助産師・平井香名さん(葛飾赤十字産院)は流産を疑った。しかし、少女は「恥ずかしい」と内診を拒んだ。夫の説得にも応じない。
平井さんたちは鎮痛剤を処方、出血量などを慎重に観察する対応をとった。少女は3日後に完全流産したが、もし、夫婦が放置して胎盤などが体内に残れば、さらなる出血や感染症の恐れがあった。
一番の問題はイスラム教的な風習による羞恥心ではなく、少女が児童婚、若年妊娠していたことだ。長引く内戦で性教育もほとんど受けていない。身体の状態から妊娠初期と推定できたが、最終月経すら把握してなかったという。
「若年妊娠は、子宮が未熟でホルモンバランスも整っておらず、平常でも母体への負担は大きい。過酷な難民生活のストレスが加わったのも流産の原因の1つ」(平井さん)
わずかな希望を持って海を渡ったものの、正しい性知識を持てずに子を守れなかった事実は、深い傷として少女の心に一生残る。
■女性の感染症、母乳出ない母親
「女性たちは将来の不安に加え、二重三重の不安に襲われていた」と平井さんは振り返る。平井さんは3月20日に現地に入り、1カ月間ヘルソ(Cherso)とネオカバラ(NeaKavala)の2つのキャンプで母子保健の支援活動にあたった。
ヘルソは隣国マケドニアとの国境沿いにあるイドメニから車で1時間近く東にある、2016年2月に設置されたキャンプだ。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、収容人数2500人に対して、4000人近い難民が集まった。5月現在でもトイレは40基、シャワー30基のうちお湯が出るのは8基しかない。
キャンプ内の女性の割合は約3割、子どもも含めれば約7割を占める。トイレを我慢すると膀胱炎になりやすく、また不衛生であるため細菌性膣炎やカンジタなどの感染症も増える。
栄養不足も深刻で、体重が通常の半分しかない4カ月の乳児もいた。母親は「道中、母乳を与える余裕がなく、母乳が出なくなった」と思い悩んでいたという。簡単な食事は3食配給されるものの、ミルクは不足していた。
■「同じ女性なら共感できる」
キャンプの改善が日々進められても、女性たちの不安は消えない。夫とはぐれたままの妊婦もいて心のケアも必要だった。言葉の壁もある中で声を十分吸い上げられるのか。また、男性も含めたファミリープランニングの啓蒙も課題だ。
平井さんは「先が見えなく、劣悪な環境での妊娠・出産・育児がいかに大変か。同じ女性であれば国籍関係なく共感できると思う。状況を少しでも想像していただきたい」と強調する。
シリアなどからの難民をめぐっては、欧州連合(EU)とトルコによる流入抑制策の合意以降、ギリシャルートの利用は激減した。一方で北アフリカからイタリアを経由するルートが急増している。
日本人は難民問題を遠い国の政治問題と片づけがちだ。7月10日の参議院選挙でもほとんど議論されていない。他にも世界中にある難民キャンプで、今も多くの女性たちが涙しながら怯えている。自ら想像しなければ難民への関心は生まれない。