シリア難民を追った映画「目を閉じればいつもそこに」の藤井沙織監督、「日本に逃れて罪悪感をもつ人もいる」

ドキュメンタリー映画「目を閉じればいつもそこに~故郷・私が愛したシリア」の中で、日本での生活の苦楽を語るシリア人男性(サダーカ提供)

難民にも、戦争だけでなく、日常があることを知ってほしい――。これは、シリア難民の日常生活を追ったドキュメンタリー映画「目を閉じればいつもそこに~故郷・私が愛したシリア」の藤井沙織監督の言葉だ。ヨルダンと日本で生きるシリア難民に焦点を当てたこの映画は、避難先で生活費をどう工面するのか、ヨルダン人や日本人に理解してもらえない苦悩などを描いている。

シリア難民を最も受け入れているのは、シリアの南に隣接するヨルダンだ。その数は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると2016年7月4日時点で65万人以上に上る。ただヨルダンでシリア難民が仕事を得ることはそう簡単ではない。

藤井監督は「(シリア難民が一気に流入したこともあって)仕事の数や種類が限られている。だから難民の多くは生活費の工面に苦労している」と指摘する。フォトジャーナリストの安田菜津紀氏によれば、ヨルダンでは16歳以下の子どもの就労は公的に禁じられているため、鉄くずやプラスチックなどをごみの中から探し出し、換金してお金を稼ぐ子どももいるという。

この映画の中に、シリアからヨルダンへ歩いて避難する途中、目の前で父親を軍隊に連れ去られたと話す母子が登場する。父親が死亡したとの通知は、この事件から1年後に届いた。母親は「ヨルダンで仕事を見つけるのは困難。できることならシリアに帰りたい」と話す。父親が連行された記憶がトラウマとなった子どもは「シリアに行くのは怖い」と怯える。

シリア人の中には、知り合いを頼って日本へ逃れた人もいる。東京で暮らすシリア難民らは、映画の中で「危ない国から来たというイメージをもたれるのが怖い。自分がシリア人と言えない」「家族をシリアに残し、日本という平和な国へ逃げた自分に罪悪感がある」といった葛藤を口にする。日本語も話せないため、抱える悩みを日本人に相談することはできないという。

日本は難民の認定基準が厳しい。法務省の発表では、2015年時点の難民認定者は、7000人以上の申請者のうちわずか0.4%に当たる27人。法務省の難民認定とは別枠で、人道的配慮の観点から在留を認められた人も79人しかいない。この場合、家族を日本に呼び寄せることはできない。

藤井監督は2015年春、シリア内戦で家を失い、ヨルダンや日本へ逃れたシリア難民にインタビューした。通訳を手配したり、取材に協力してくれるシリア難民を探したりしたのは、シリア難民支援団体の「サダーカ」だ。

シリアでは2011年3月中旬以降、過激武装勢力による反政府デモが国内各地で発生し、政府軍と反体制派の内戦が続く。UNHCRによると、2016年7月4日時点で難民として登録されたシリア人の数は480万人以上に達する。