「政府からの強制的な立ち退きがいつ発令されるかわからないのです」
こう語ってくれたのは、ミャンマー・ヤンゴン市のダラー地区にあるヤザティンジャンで暮らす、ビルマ族のチョートゥーヤさん(33)。ダラー近郊のブーヤーピーで生まれ、8歳の時に両親と死別した彼は僧院で育ち、そこで読み書きを学んだ。結婚を機にヤザティンジャンの公営住宅に移り住み、現在は大工の仕事をしながら、妻(20)と息子(1)と妻の母の計4人で一緒に暮らしている。
一家が住んでいる公営住宅は、家賃はかからないものの、竹製の建物で電気や水道は通っておらず、トイレはくみ取り式(ぼっとん)便所。だがチョーさんはさほど不便とは感じてはいないようだ。近隣に住む、経済的にやや豊かな家庭が自家発電機をもっており、300チャット(現在のレートで25円)払って電力を購入(バッテリーを借りる)すればテレビを見ることもできる。水道はないが、近くにある井戸から水をくめば水も利用できる。周辺の治安も良い。また10人の友人で貯金を共同管理する仕組みがあったり、必要な際は友人から借金することもできるなど、「住環境に特に不満はない」と語る。
では今の公営住宅にこのまま住み続けるつもりなのか。こう尋ねると、チョーさんは次のように答えた。
「いつかは自分の家が欲しいです。もし今、政府による強制的な立ち退きが起これば路頭に迷うことになりますから」
チョーさんによると、政府による突然の立ち退き命令はよくあることだという。多くは土地開発のためだが、何も理由が知らされないこともあるようだ。「あそこも、ここも、以前は公営住宅が建っていました」と、強制的立ち退きにより今は更地と化した場所を指指す。「突然起こり得ることだから、怖いのです」
では自分の家をもてる可能性はどれくらいあるのだろうか。
チョーさんの話では、家を買うには約1000万チャット(約83万円)が必要だ。しかしチョーさんの大工としての収入が得られるのは、建築などの仕事がある時期に限られるうえ、日給は約7000チャット(約584円)。妻の、ウズラの卵売りの売り上げは1日当たり約6000チャット(約500円)だが、雇用主と利益を折半しなくてはならず、夫婦の収入を合わせても「家を買うのは絶対にかなわない夢だ」と半ばあきらめ顔だ。より待遇の良い仕事に就ければよいが、僧院学校で育った彼には学歴がないため難しい。政治や民主化についても「よくわからない」ため、政府に何かを求めることも考えないという。
それでも、いつかは家をもちたいとの夢を捨て切れず、毎日1000チャット(約83円)ずつ貯蓄しているチョーさん。いつの日か、その努力が実を結ぶ日は来るのだろうか。