世界の明日を幸福にしたかったら、少女たちが学べるように投資すべき――。これは、世界人口基金(UNFPA)が発表した「世界人口白書2016」に込められたメッセージだ。2016年版の特徴は、10歳の少女に焦点を当てたこと。持続可能な開発目標(SDGs)の達成期限となる2030年、世界で6000万人を超える10歳の少女たちは25歳になる。どんな人生を歩んでいくのだろうか。
■教育支援とは何か?
白書は、インドの村で暮らす架空の10歳の少女を例に、途上国の少女の進路として2つの典型的なパターンを示している。それぞれの道で、少女はどんな生活を送っていくのか、その違いを分かりやすく描く。
進路1は、「条件付き現金給付プログラム」や「女子を対象にした奨学金」、「リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)のプログラム」など、少女に対する支援策があり、それを利用できるケースだ。
条件付き現金給付プログラムとは、子どもを学校に通わせると約束することと引き換えに、その家庭がお金をもらえる仕組み。そのお金を食料や学用品に充てる。このプログラムは、中南米、南アジア、サブサハラ(サハラ砂漠以南の)アフリカで、女子の就学率を向上させた実績をもつ。初等教育(小学校)よりも、中等教育(中学、高校)に適用したほうが効果が高い。
女子向けの奨学金は、勉強に対する女子のモチベーションをアップさせる。また、リプロダクティブ・ヘルス・プログラムでは、妊娠や避妊法、性感染症などについて学べる。
進路2は、少女を対象にした教育支援がないケース。中学・高校は、授業料は無料であっても、教科書や制服などの費用は小学校よりかさむ。経済的な負担を嫌がり、親は、娘よりも、就職できる見込みが大きい息子の教育を優先させがち。少女が進学できないケースだ。
■進路1:稼ぐ力は自信になる!
進路1のケースでは、少女は12歳のときに奨学金を得て、地元の中学・高校に進学する。18歳で卒業。近くの町にある小さな会社に、データ入力の事務員として就職する。給料は最低賃金の2倍。その後、年率2%で上がることも期待できる。職場の仲間の勧めで、自分の銀行口座を開設。同時に預金も始める。
21歳で、自分が選んだ相手と結婚。自分の稼ぎを家計に入れていることもあって、夫に対し、自信をもって意見を言える。リプロダクティブ・ヘルスについて学んだので、「結婚したらすぐに子どもを産むように」と夫の家族から圧力がかかっても、子どもを産む時期を遅らせようと夫と話し合えた。夫婦がお互いの理解を深め、経済的に安定するまで、最初の妊娠を遅らせる目的で避妊するのに成功する。
23歳のとき、第1子を出産。育児のためしばらく仕事を休むが、復帰。もう1人子どもが欲しいと思っているが、2、3年は間をあける予定だ。
25歳。娘はまだ小さいが、少なくとも自分が受けたのと同じぐらいの教育を娘に受けさせられると思っている。
■進路2:娘も進学できない
進路2のケースでは、12歳で小学校を卒業する。進学しなかったことで、家の外に行ったり、仲間と一緒に活動したりする機会が減る。
15歳で、親が決めた相手と結婚する。「結婚したらすぐに子どもを」という婚家の圧力に押され、16歳で出産。早い妊娠・出産は母体に負担をかける。19歳で早くも第2子を産む。
21歳になって、家族を支えるために時々、非熟練労働者として働き始める。だが家事の責任もあるので、常時働くわけにはいかない。稼ぎは最低賃金。何年働いても上がることはない。
23歳で第3子を身ごもる。産児制限について夫と話し合おうとするが、夫が強硬に反対。夫が暴力的になるのを恐れて、この話は二度としなくなった。
25歳。すでに3人の子どもの母だ。家計は、自分が子どものときの両親の家庭と同じように苦しい。長女は9歳で、小学校に通う。自分が行けなかった中学・高校に進ませてあげたいと願うが、無理だろうと諦めている。お金もないし、家事手伝いや子守で、この娘にますます頼っていくことになるからだ。
■少女を見捨てる代償は2兆円
世界人口白書2016は、今10歳の少女の「教育」や「健康」に投資すれば、今後15年だけでも途上国全体で少なくとも210億ドル(約2兆2300億円)の莫大な利益を得られる、と推測する。
国レベルでみると、たとえばインドでは、思春期の妊娠、中等教育の高い退学率、若い女性が就職できないことを原因に毎年560億ドル(約5兆9000億円)の潜在的収入が失われている。
またニジェールでは、児童婚をなくせば、2014~30年に250億ドル(約2兆6000億円)を超える恩恵があるという。白書によれば、世界の中学・高校を退学する理由の3分の1を占めるのは児童婚だ。児童婚は、早期出産で少女の健康を害するだけでなく、人口を増やし、また教育を受ける年数が短くなることから女性の賃金を低下させるといったマイナス面ももつ。少女・女性が学校に1年長く通うごとに、生涯年収は10%増えるといわれる。
教育への投資で、見返りがとりわけ大きいのが女性の中等教育だ。男性に投資するよりも収入が増える率が高い。より上の教育を受けた女性は結婚が遅くなり、また出産を調整する傾向がある。
健康面をみると、サブサハラアフリカでは、15~19歳の少女がHIVに感染する確率は少年の5倍高い。HIVは思春期の少女の死因1位だ。2位は自殺。また10分に1人、思春期の少女は暴力が原因で命を落とすという現実がある。教育を通じた、少女に対するエンパワーメント(能力を付けること)は喫緊の課題だ。
■東アジアは「人口ボーナス」で成長した
国を豊かにするために「人口ボーナス」(人口配当)を手に入れることが得策だ。人口ボーナスとは、その国の人口の年齢構成が、非生産年齢人口(14歳以下と65歳以上)に比べ、生産年齢人口(15~64歳)の割合が大きくなること。経済成長を後押しする効果がある。子どもを支えるのに充てるべきお金を、貯蓄や人的資源に振り向けられるからだ。人口ボーナスの効果は、1人当たり年平均2%の増収に匹敵するという。
人口ボーナスは実際、1960~1990年代の東アジア諸国の経済成長に寄与した。1960年代、東アジアとサブサハラアフリカの出生率はほぼ同じだったものの、所得はサブサハラアフリカのほうが上だった。これを逆転させた要因のひとつが人口ボーナスだ。
東アジアの出生率は1970年代に入って急速に低下し、生産年齢人口は、子どもの人口の割合より大きくなった。対照的にサブサハラアフリカでは、出生率の変化はわずかで、生産年齢人口の割合が膨らみ始めたのは1990年代に入ってから。しかも増加ペースは遅かった。
東アジアでは現在、被扶養人口1人に対して生産年齢人口は約2.4人。だがサブサハラでは1.2人だ。両地域の所得の伸びは、人口構造の変化を密接になぞっている。
人口ボーナスの観点からも、女性(今の10歳の少女)のエンパワーメントは有効。性教育も提供し、思春期と出産年齢の女性が避妊薬(具)を手にできるようにすれば、中等教育の就学率を高める効果がある。
子どもの数が1人減ると、女性の生涯を通しての労働力参加は平均1.8年伸びる。女性の出生率が下がり、労働力の役割を果たせれば人口ボーナス効果は増大する。
国際社会はこれまで、10歳の少年には対策をとってきた。「今は10歳の少女に振り向けるとき。(SDGsの達成期限の)2030年には、今10歳の少女は25歳になる。今日の少女たちへの支援が、社会全体の明日の幸福につながる。ある国の経済が成長するのも、崩壊するのも、10歳の少女をきちんと支援するかどうかにかかっている」とUNFPAは主張する。