【ganas×SDGs市民社会ネットワーク③】「ゾウの保護が人の生活を脅かす」、早大の岩井雪乃准教授に聞く

早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンターの岩井雪乃准教授。専門は環境社会学・アフリカ地域研究。青年海外協力隊員(タンザニア)、京都大学大学院を経て現職。写真は、ワイヤーフェンスを畑の周りに設置する際に開いた説明会で話しているところ。

ゾウを守るために人間が犠牲になっていいのか――。開発業界のキーパーソンへのインタビューを通じ、持続可能な開発目標(SDGs)が掲げる17の目標の意義や取り組みを紹介していく連載「ganas×SDGs市民社会ネットワーク」の3回目。今回は、早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンターの岩井雪乃准教授に、「目標15:陸上生態系の保護、回復および持続可能な利用の推進、森林の持続可能な管理、砂漠化への対処、土地劣化の阻止および逆転、ならびに生物多様性損失の阻止を図る」(具体的なターゲットはこちら)について聞いた。岩井氏は「ゾウを国際的に保護することが人間の生活を脅かす」と実情を訴える。

■学校に通えない子どもも

――アフリカゾウが住民の生活を脅かしているのか。

「野生動物のそばで暮らす人について私が研究し始めたのは1996年。象牙を目当てとしたゾウの密猟が1980年代に深刻だったことから、調査地としたタンザニア北部のセレンゲティ国立公園とその付近には96年当時、ゾウはほとんどいなかった。象牙の国際取引を禁止する『ワシントン条約』が89年に結ばれ、ゾウの密猟は止まったものの、個体数はまだ回復していなかったからだ。

状況が変わったのは2005年ごろ。栽培するソルガム(もろこし)の収穫期である4~6月の夜、1~2頭のゾウが農村にやってきて、作物を食べるようになった。年々ひどくなり、10頭以上の群れで夜、村に押し寄せることも。ここ数年は200頭近くの群れで村にくることもあり、作物を食い荒らし、殺される住民も出てきた」

――被害はどれくらいか。

「セレンゲティ国立公園に隣接するイコマ地域は、2500平方キロメートル(東京都の面積は2100平方キロメートル)の面積に20の村と2つの猟獣保護区がある。農業が盛んな北側の村のほうが被害は大きい。ゾウが入れば畑はほぼ全滅してしまう。この先1年の食料を失い、代わりの食料を買わなければならない。しかしそんな余裕は多くの世帯にはない」

タンザニアのセレンゲティ国立公園とイコマ地域の地図

タンザニアのセレンゲティ国立公園とイコマ地域の地図

――群れで来るようになったのはなぜ。

「ワシントン条約の影響が大きい。まず、ゾウが保護されることで、頭数が増えた。セレンゲティ国立公園とその付近では2006年の3400頭から、2015年は2倍以上の7500頭になった。次に、人がゾウを殺せない・攻撃してこないとゾウが学習したこと。『じゃあ、人間の作物を食べに行こう』となったためだ」

――作物以外の被害は。

「ゾウが攻撃してきても被害が少なく済むよう、住民らは、主食のソルガム畑を小さくした。畑での収入を補うため、木炭を細々と売るようにした。すると、まばらにしか木が生えていない土地なので、木がなくなってしまった。

作物の収入を子どもの学費や、ボロボロで今にも壊れそうな家の建て替えに充てる予定だったのに、それができず、生活レベルが下がった住民もいる。ゾウを過剰に保護することが、人の生活に悪影響を及ぼし、それが環境破壊にもつながっている」

――ソルガム以外の作物を植えたらどうか。

「トウガラシを一度、畑の周囲に植えてみた。だがゾウが踏みつけ、畑の中に入ってダメだった。何でも食べるゾウだが、唯一食べないのはゴマ。イコマよりもゾウの被害がひどい地域ではソルガムをあきらめてゴマを作っている。

ただ住民は換金作物のゴマよりも、自分たちの食べ物を作りたいと思っている」

セレンゲティ生態系のゾウ個体数(Muduma et.al. 2014)

セレンゲティ生態系のゾウ個体数(Muduma et.al. 2014)

■ゾウはハチの羽音に弱い?

――住民はどんな「ゾウ対策」を打っているのか。

「私が協力し始めた07年から、ゾウを追い払う作戦を7つ試してきた。その一つが、中古の四輪駆動車を使ったパトロール。ゾウを発見したら車で追い払う。導入してから2年はうまくいった。だが2010年は1台では追い払えないほどゾウの群れがやってきたため、通用しなくなった」

――それでどうしたのか。

「次に考えたのは、ハチの羽音を嫌うゾウの性質に目をつけ、畑でハチを飼ってゾウを追い払う作戦。『ハッピーハニーチャレンジ』と命名した。畑に50の巣箱を置いたが、2つの箱にしかハチが集まらず失敗。そのほかにも懐中電灯でゾウを照らしたり、水タンクをたたく音で驚かしたり。住民は寝る間もなくゾウと戦っている。

村に近づいてくるゾウを見張り、畑に入る前に住民に知らせる『見張りタワー』をセレンゲティ県が作った。だが違法放牧や、ゾウやヌー、シマウマなどの密猟を監視するために県が作ったと住民が疑い、誰も使わなかった。

今うまくいっているのは、15年から13の村で始めた、畑の周りに張り巡らすワイヤーのフェンス。ワイヤーにはハンカチくらいの布を間隔をあけて巻き、風にひらひらとさせる。効果がある」

――コストが一番低そうなワイヤー作戦の効果が大きいのはなぜか。

「イコマでは、ヌーやシマウマを密猟するためにワイヤーの罠が仕掛けられている。たまにゾウも被害にあうので、仲間の被害を学習して警戒している可能性が高い。2年目の16年、若いオスのゾウがワイヤーフェンスを壊して、被害が出たところもある。だがまだこの手は使える」

――バラエティに富んだ対策は誰が考えるのか。

「学術論文や、一緒に活動する現地NGOのセレンゲティ開発研究環境保護センター(SEDEREC)の情報をベースにみんなで考える。効果のあるワイヤーフェンスはSEDERECの案。失敗したハッピーハニーチャレンジは私の案だった。

次の対策もすでに考えている。GPSセンサー付きの首輪をゾウの群れのリーダーに着けて、群れの位置を把握する方法だ。隣国のケニアではすでに導入されている。視察に行く予定だ」

ワイヤーフェンスの設置作業をする村人たち

ワイヤーフェンスの設置作業をする村人たち

■政府は国際社会のご機嫌取り

――ゾウと人の知恵比べはいつまで続くのか。

「医療の質や生活レベルが向上した結果、人口は増えるばかり。ゾウの被害にあっても、住民にとっては移住する土地すらないのが現状だ。またゾウの個体数も増える一方。ゾウと人の戦いはこれからも続く」

――タンザニア政府は何か対応しているのか。

「国際社会からの資金援助に頼るしかないタンザニア政府は、ゾウの保護に反対できない。住民の被害より、国際社会のご機嫌取りをしている。2030年までにゾウを10万頭にする、と宣言してしまった。

タンザニアのゾウの数は一時回復した。ところが装飾品やハンコに象牙を使う中国やタイが経済発展したことから、ここ5年ほどで密猟が増え、また減った。タンザニア南部のセルー猟獣保護区では7万頭が1万頭に激減した。でもセレンゲティ国立公園とその付近では逆に増えている。タンザニア政府の目標は明らかにセレンゲティの住民の生活を脅かす」

――国際社会からの支援が必ずしも良いとは限らない、と。

「そうだ。国際的な環境保全団体もゾウと住民の衝突を問題視しているが、ゾウの保護のほうに圧倒的多くの資金や支援が集まっている」

住民とゾウの共存に対して疑問を呈するポスター。タンザニアのNGO「SEDEREC」が作った。タンザニア政府が打ち出した2030年までにゾウの数を4万3000頭から10万頭に増やす目標が、イコマ地域の住民の生活をどう脅かすかを訴える

住民とゾウの共存に対して疑問を呈するポスター。タンザニアのNGO「SEDEREC」が作った。タンザニア政府が打ち出した2030年までにゾウの数を4万3000頭から10万頭に増やす目標が、イコマ地域の住民の生活をどう脅かすかを訴える

 

 

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SDGs市民社会ネットワークとは
(この連載は、ganasとSDGs市民社会ネットワークのコラボレーション企画です)
「SDGs 市民社会ネットワーク」は、2015年9月に国連総会で採択された、17の地球規模課題をまとめた「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals: SDGs)の達成をめざして行動するNGO/NPOなど市⺠社会のネットワークとして2016年4月に発足しました。「誰も取り残さない」かたちで貧困や格差をなくし、持続可能な 世界の実現をめざすというSDGsが掲げる各課題について、日本の NGO/NPO の幅広い連携・協力を促進し、民間企業、地方自治体、労働組合、専門家・有識者などとの連携も進めていきます。SDGs市民社会ネットワーク HP:http://www.sdgscampaign.net