ヤンゴンのアパート暮らしの便利グッズ~窓から垂れ下がる「ヒモ」の正体とは?

ノーティティトゥさん。中低所得者の暮らすダウンタウンのアパート前で(ミャンマー・ヤンゴン)

ミャンマー・ヤンゴン中心部の道を10メートルも歩けば10~12本のヒモが垂れ下がっているのが目に付く。アパートの上の階の窓から地上までのびるこのヒモをミャンマー語で「チュー・カウラン」(ヒモ・ベルの意)と呼ぶ人もいる。数十年前に建てられた古いアパートにエレベーターはない。階段はどれも急だ。そんな不便さを解消すべく広がった便利グッズがチュー・カウランなのだ。

チュー・カウランには2つの役割がある。「荷物運び」と「呼び鈴」だ。

ヒモを使って上の階の住人が引き上げるのは、食べ物、お茶、コーヒー、鍵、新聞、忘れ物などだ。たとえば朝食でモヒンガ(ミャンマーの麵料理)を食べたいときは飲食店にまず電話をして注文。すると店員がヒモにくくりつけてあるカゴの中にモヒンガを入れ、住人がそれを引き上げる。モヒンガが届くと今度は代金を地上に下ろす。おつりのやりとりまですべてをチュー・カウランで行うのがミャンマー式デリバリーだ。

ヤンゴン中心部にあるアパートの8階に住むホテル従業員のノーティティトゥさん(26)は「防犯のためにアパートの出入り口の鉄格子には鍵をかけているの。鍵を忘れたときはチュー・カウランを使って鍵を下してもらうわ。誰かが呼び鈴を鳴らしたときも鍵を下ろして上がってきてもらうのよ」と話す。

1カ月の家賃16万5000チャット(約1万6500円)のアパートにノーティティトゥさんは友人4人と一緒に暮らしている。エレベーターはない。上の階のほうが家賃は安い。そのぶん彼女たちは毎日この階段を上らなければならない。

「毎日階段を上り下りするのは大変。でも忘れ物をしても部屋に戻らなくてもいいのよ。よく傘を忘れるけど、部屋にいる友だちに電話をしてチュー・カウランで下ろしてもらうの」

ただチュー・カウランには欠点もある。食べ物を運ぶことを主な目的としているため、重いものを引き上げることはできない。重すぎて荷物が時々落ちることもあるが、「私は、そんな経験は一度もないの」とノーティティトゥさんは言う。

チュー・カウランにはまた、呼び鈴の役割もある。ヒモを上へたどった先にはベルがつけられている。ヒモを振れば、玄関まで行かずに地上から上の階の住人を呼ぶことができる。携帯電話が普及した現在、チュー・カウランを呼び鈴として使うのは、知らない人が訪ねてきたときや、お互いの電話番号を知らないときだけだ。携帯電話の爆発的普及で、呼び鈴の役割は急速に薄れていっている。

チュー・カウランは、階段オンリーの生活の中で生まれた工夫だ。「もしアパートにエレベーターがあればチュー・カウランは使わないわ」というノーティティトゥさんの言葉は、経済発展で生活が便利になるにつれ、“一時代を築いた便利グッズ”が失われていくことを物語る。ミャンマーからチュー・カウランが消えたとき、ヤンゴンの人たちはどんな暮らしをしているのだろうか。

上の階から垂れ下がるヒモの先にはクリップがついており、袋がつりさげられているものもある(ヤンゴンのダウンタウン)

上の階から垂れ下がるヒモの先にはクリップがついており、袋がつりさげられているものもある(ヤンゴンのダウンタウン)