「カンボジアの“人”に会いに来てほしい」。そう話すのは、カンボジアに住んで6年目の池内桃子さん(29)だ。シェムリアップにある「カンボジア・サーカス・ファー」(運営:ファー・パフォーミング・ソーシャル・エンタープライズ=PPSエンタープライズ)で現在、営業アシスタントマネージャーとして働く。
■学んだのは「柔軟性」
ファーは、ソーシャルビジネスとして運営されるサーカス団だ。サーカスといっても動物は登場しない。ショーでは、リズミカルな音楽とアクロバティクな演技でカンボジアにまつわるストーリーが展開される。収益の約75%を、カンボジア西部のバッタンバン州にあるNGO「ファー・ポンルー・セルパク(PPS)」が経営する芸術学校の資金にあてるとともに、同校の卒業生(サーカスのパフォーマー)の雇用の受け皿にもなっている。
池内さんの仕事は、日系の旅行会社やスタディツアーを企画するNGOへの営業、広報としてのメディア対応だ。
池内さんは2012年、大学を卒業してすぐにバッタンバンへ渡った。右も左も分からない状態だったという。仕事をしていくなかで覚えたのは、顧客によってアプローチの仕方を変えることだ。スタディツアーを企画する旅行会社に営業をかける時は、ファーがNGOから始まったサーカス団であることやソーシャルビジネスとして運営していることから話し始める。
アプローチの仕方を変えるようになったのは、営業を担当するカンボジア人の2人の部下に対しても同じだ。
仕事を始めて1、2年のころは常識の違いから同僚と意見が合わないことが多かったという。顧客に電話を折り返させていたことを同僚に問いただした時、「ここはカンボジアだから」と言われショックを受けた。
池内さんは部下に対して、どうすれば自発的に動いてもらえるのかを考える。カンボジアでは上から言われないとやらない縦社会の文化が根強いが、「カンボジア人自身が仕事をする意味を見出し、やりたくてやっていると思えるようにしてあげたい。だから部下に指示を出す前に、意見を聞くようにしている」(池内さん)
仕事を振る際も、以前は2人の部下に同じ分の仕事を割り振っていた。「だが今は、2人の得意不得意によって分けている」と部下のモチベーションを高めることを強く意識する。
■出会いが人生を変えた
池内さんは、仕事で得たスキルや経験を含めて、カンボジアの人や国に出会ったからこそ、今の自分があると胸を張って話す。
池内さんがカンボジアに住むようになったきっかけは、現在働くファーとの出会いだった。地元福岡での出張公演で、当時大学2年生だった池内さんは同世代のカンボジア人らがいきいきとパフォーマンスする姿に心を動かされた。
「地雷や内戦といった断片的なイメージをもっていたが、カンボジア人の明るさや人懐こさに触れて、カンボジアはどんなところなのかを知りたくなった」(池内さん)
それから1年に1回程度、カンボジアへの旅行を重ねた。次第に自分が本当にカンボジアを好きなのか確かめたいという思いがわいてきた。「旅行で見えるのは表面的な良い部分だけ。住んでみて嫌なことに直面してもここにいたいと思えたら、きっと好きなのだろう」と移住を決めた。
日本語教師としてバッタンバンへ渡った1年後の2013年、ファーがシェムリアップでサーカス団を立ち上げる際にファーの社長から一緒にやらないかと声をかけられた。池内さんは「カンボジアの若い人たちがアートや文化を盛り上げているところに携われることは嬉しい」と話す。
ファーの魅力について池内さんは「サーカスを通じてカンボジア人の明るさ、ひょうきんなところを身近に感じてほしい。ファーを観にくることでカンボジアの“人”に会いに来てほしい」と話す。自身の今後については「日本人として来た身。カンボジアで熱意をもってやっている人たちをどうやって日本人に知ってもらえるか、橋渡し役になりたい」と抱負を語る。