ミャンマーの民族対立を解消するためには、子どもの創造力とクリティカル・シンキング(批判的思考)を育むための教育が重要−−−−。熱く語るのは、アメリカ人女性のミンディ・ウォーカーさんだ。絵本を用いた教育活動をミャンマー全土で展開する「サード・ストーリー・プロジェクト」(TSP)のアドバイザーを務める。
友人に招かれたことがきっかけでミンディさんは2012年4月から、ヤンゴンの僧院学校で英語を教えるボランティアを始めた。直後の6月にラカイン州で起こった、イスラム教徒の少数民族ロヒンギャと仏教徒の衝突を「こんなに平和で素晴らしい国で、あんな暴動が起きたことはとてもショックだった。暴動は、ミャンマー人同士がお互いをどう見るかを変えた」と振り返る。この暴動を機に「子どもたちや若者に対して、多様性を認めあえる創造力を育む教育活動をしたい」と考え始めた彼女は、僧院学校のミャンマー人学生2人と共に、2014年にTSPを立ち上げた。以来約3年にわたって、絵本を使った教育プログラムをミャンマー全土で続けてきた。
TSPは、ヤンゴンだけでなく地方の村を周って、子どもたちに絵本を配る活動をしている。絵本を作る際はミャンマー人の作家やイラストレーターを起用する。この絵本の特徴は、子どもたちが読んだ後に自由に話しあえるよう、「隠されたメッセージ」を盛り込んでいること。「教材や文房具を学校へ寄付する団体は数多くあるが、子どもたちにはより楽しい方法で『平和』について学んでほしい」と語るミンディさん。この絵本を授業に採り入れたある教師は「絵本の提起する質問をクラスで話しあったところ、以前よりも子どもたちが互いを認め合うようになった」と手応えを語る。
ミャンマーでは長年、詰め込み型の教育が行われてきた。ミャンマー人の親の多くは教育熱心だが、学校や学習塾では授業中に生徒が発言する機会はあまりない。また、ミャンマーの学校には一般的に、芸術や体育などの実技教科がない。こうした問題についてミンディさんは「暗記型の教育だけではミャンマー人の創造力を十分に育めない」と危惧する。
アウンサンスーチー政権が発足して1年。ミャンマー国内では依然、民族対立が根深く残っている。国連人権高等弁務官事務所(UNHCR)は2017年2月、ミャンマー軍が数百人のロヒンギャをラカイン州で殺害した、との報告書を発表した。この現状にミンディさんは「民族の違いで対立している人たちは、相手のことを理解しようと努めるべき。子どもたちの創造力に“国境”は関係ない。彼らがきっと争いのないミャンマーを実現してくれる」と熱弁する。TSPが作る絵本を読んだ子どもたちが、ミャンマーの民族紛争を解決するキーパーソンになる−−−−。ミンディさんたちの挑戦はまだ始まったばかりだ。(大関雄大、今井咲帆)