カンボジア・シェムリアップにある地元民に人気の「ルー市場(プサールー)」。そこで働くカンボジア女性の多くは、自分で自分の価値を低く見て、暗い将来を思い描き、嘆く。その考え方を、はやりの「アドラー心理学」の視点から考察してみた。すると彼女たちの貧困の原因のひとつに「恥や失敗から自分を守るため」に何かと理由をつけて「変わろうとしない姿」が見えてきた。
■「読み書きができないから」、転職できない
まず、アドラー心理学で簡単な例を作ってみよう。A君が「太っているから、女性にモテない」と考えたとする。これは一般的な心理学の考え方、つまり原因があるから結果が起こるとする“原因論”だ。
この例をアドラー心理学の“目的論”の視点から考察すると、A君の目標は「女性にモテること」だ。そしてモテるという目標に対して行動を起こした際に失敗することを恐れるがゆえに、「太っていること」を原因にすることで、行動することから「逃げている」といえる。
ルー市場で洋服の仕立て直し屋を営むニースさん(31歳)は、夫、13歳の娘との3人暮らし。店の売り上げは1日に5万リエル(約1300円)だが、実際はスタッフへの給料や家賃、娘の学費などで手元に残る金額はわずかだ。
「私は読み書きができないから、転職したくてもできない」。ミシンを動かしながら熱心に作業をするかたわら、少し寂しそうに答えるニースさん。娘には大学に進学して、今より満足な暮らしをしてほしいと願っている。
アドラー的視点からニースさんの言葉を考えるとどうなるか。ニースさんの目標は「転職すること」だ。だが彼女はその目標を達成するために行動して恥をかくことを恐れて、「読み書きができない」という理由に逃げているといえる。もし仮に、読み書きができるようになって原因を改善しても、またほかの理由を見つけて逃げてしまう可能性も否定できない。
■「両親が亡くなり、9歳の弟がいるから」、勉強したくてもできない
ルー市場で服屋を経営する17歳の少女は、15歳の時に両親を亡くした。現在は9歳の弟と2人暮らしだ。店の1日の売り上げは4万リエル(約1000円)ほどというが、仕入れ値を差し引けば手元に残るのはわずか。生活は厳しい。「両親が亡くなり、9歳の弟がいるから、勉強したくてもできないの」と少女は悲しそうな表情をのぞかせる。
彼女の言葉もアドラー的視点から考察すると、「勉強する」ことが目標であるのに、「両親の死と9歳の弟の存在」を理由にして、目標達成のための努力を怠っているととらえられる。仮に両親が生きていて、一人っ子だったとしても、ほかの理由を見つけて勉強しなかったかもしれない。
一方で、アドラー的な視点の持ち主もルー市場にいた。化粧品店のオーナーである26歳の女性だ。「将来は起業したい!」と目を輝かせながら語る彼女は「起業」という目標がはっきりしていた。それをかなえるために、勤めていた韓国企業を辞め、ルー市場に自分の店をまず出した。
「変われないのではない。変わらないという決断を自分でしているだけだ」(アドラー)
ニースさんと19歳の少女が貧困から抜け出せるかどうかは、アドラー的にいえば、自分の状況をどの角度から見るかの問題なのだ。「自分は〇〇だから」と嘆く彼女たちには、その考え方を変えさえすれば、案外思っていたよりも明るい未来が待っているのかもしれない。