チェスから学ぶクリティカル・シンキング、投獄の歴史教師のフリースクール

ミン・トゥエ・テッさん(33)。教育の変革を訴え続ける

ヤンゴンの中心地からバスで1時間のタンリン地区に、投獄経験があり歴史教師でもあるミン・トゥエ・テッさん(33)が創設した図書館兼フリースクールがある。トゥエさんによるとミャンマーの教育制度は、暗記や暗唱などが中心で時代遅れになっており、改革が必要だという。こうした中、トゥエさんの学校では批判的な物の見方や論理的思考を養うために「チェスの授業」を行っている。

トゥエさんが取り入れたのはクリティカル・シンキング(批判的思考)を養う授業だ。アメリカの教育法を参考にチェスを導入した。チェスのルールを教えて、対戦させる。定期的に学内チェス大会も開催される。トゥエさんによると、チェスは「思考力を鍛えられるだけでなく、記憶力アップにも効果的」だそうだ。チェスのほかにも、多角的な視野や論理展開を学ぶため、ディスカッションやディベートの授業をしている。

トゥエさんは2013年に、図書館兼無料の教育センターを創設した。高校の授業が終わった3時から6時までと、同日の日中に開校。学費は無料で、支援者や教師らの寄付で運営している。トゥエさんは、「お金があれば塾に行くことができ、良い教育を受けられることができる。貧しくて塾に行けない子供たちのためにも教育の機会を与えたい」と話す。

今では日本の中学3年にあたる9年生が36人、10年生が74人、予備校生のような位置づけの11年生が60人、計170人の生徒が学んでいる。家庭が貧しい生徒18人を対象に、文房具や日々のお菓子代などを学校が負担している。さらに実家が遠隔地にあり、通うのが難しい生徒は、校舎に住み込むこともできる。現在は9人の生徒が寝泊まりしている。

トゥエさんは歴史教師としてミャンマーの教育改革を訴えてきた。2015年に行った教育政策に関する抗議デモで警官隊に逮捕され、1年と1か月の間投獄されていたという経験を持つ。国家予算に占める教育分野の支出について「60%は充てるべきなのに15%しか充てられていない」というのがトゥエさんの持論だ。また教育内容に関しても、現行の歴史の教科書には間違った記述があったり、史実が隠されていたり、第二次世界大戦後の記載がなかったりする問題があると指摘する。「教科書や試験などすべての教育制度を見直す必要がある」とトゥエさんは繰り返し訴える。

「民政移管後も、教育制度はさほど変わっていない。いまミャンマーにおいて最も優先度が高いのは内戦の終結であり、教育ではないからだ」とトゥエさんは現状を分析する。しかし「ラカイン州をはじめ少数民族が住む地域で紛争が続いているのは教育が行き届いていないからだ。そのために民族や信仰の違いを受け入れられない。大事なのは教育だ」と考えている。これからも、教育の現場から改革を訴えるつもりだ。

ここでは様々な宗教・民族の生徒たちが学んでいる。授業前の10分間の瞑想も一緒に行っており、「自分信教とは異なる宗教のことを理解するための大事な時間」であるとトゥエさんは考えている

ここでは様々な宗教・民族の生徒たちが学んでいる。授業前の10分間の瞑想も一緒に行っており、「自分信教とは異なる宗教のことを理解するための大事な時間」であるとトゥエさんは考えている