【バンドン発深夜特急(1)】インドネシア人はなぜ遅刻するのか? 「時間はゴムのように伸び縮みする」という概念があった

留学先のバンドンでも毎日、朝夕の通勤ラッシュの時間帯に渋滞が発生する。写真右手の白い大型車がアンコット(乗合バス)。車の色によって周回ルートが異なる

電車が時刻表通りにこなかったり、約束の時間に友だちが遅れたりすることが、インドネシアではしばしばある。時間通りに物事が進まないさまを、ゴムが伸び縮みすることになぞらえて、インドネシア人は「ジャムカレット」(ゴムの時間)と呼ぶ。連載「バンドン発深夜特急」の1回目ではインドネシア人の時間感覚をとりあげる。

■「あと5分」が口癖?

1年間の留学のために私がインドネシアを訪れたのは8月中旬。西ジャワ州の州都バンドンのパジャジャラン大学に留学する前に、中部ジャワ州の小さな町サラティガに行くことにした。インドネシア人の友人と会うのが目的だ。ところがサラティガに着くまでの道中、経由地となったバリ島の空港で、私はいきなりジャムカレットに出くわした。

バリで飛行機を乗り換えるため、搭乗ゲートに到着したものの、一向にゲートが開かない。同じ便を待つ、西スマトラ州パダン出身のサムさん夫妻が「飛行機の到着が遅れているらしい」と教えてくれた。

搭乗ゲートで係員に「あと何分で到着する?」と聞いたら、「あと5分」との答え。しかし5分経っても搭乗は始まらない。また聞きに行くと、「あと5分!」と係員になだめられてしまった。

「さっきも『あと5分』と言ったのに」という言葉を私は飲み込んだ。ここは日本ではなくインドネシアだ。飛行機に乗れたのは結局、予定時刻の1時間半後だった。私はインドネシアに着いて早々、ジャムカレットを体験することとなった。

目的地のサラティガに着いて、サティヤ・ワチャナ大学で働く友人ノナ・ヌバンさんと再会した。バリの空港での出来事を話すと、「それがインドネシア。インドネシアにはジャムカレットというゴムのように伸び縮みする時間の概念がある」と教えてくれた。

ジャムカレットとは、単刀直入にいえば「待ち合わせ時間に遅れる」という意味だ。ノナさんは「いつも集合時間から30分くらいは遅刻する」と言う。確かに私自身も、両手の指の数に収まり切らないくらいインドネシア人に待たされた経験がある。

■遅刻は「させられる」もの!?

なぜジャムカレットという時間の概念がインドネシアにあるのか。インドネシア人の友人と話していて、そこには3つの理由があると気づいた。

第一の理由は「外で待つのが嫌になるような気候」だ。ノナさんの場合、「待つのが嫌い」だから、相手より早く待ち合わせ場所に行きたくないという。「暑いから外なんかで待っていられない」と明かす。

赤道直下のインドネシアは年中暑い。ジャカルタでは2015年2月から2017年1月にかけて、すべての月の平均気温が25度を超える。乾季は日差しが照りつけ、雨季はジメジメした暑さがある。待つのが嫌になるのも納得できる。

第二に「目に見えない存在を信じる文化」だ。サラティガ在住の友人、パスカルさんから「terlambat(テルランバット)=遅れる」という言葉を聞いて、インドネシアの根底にある精霊信仰(アニミズム)の文化が「時間の感覚が伸びたことによる遅刻」を許しあうことにつながっているのでは、と私は考えた。

terlambatの接頭辞「ter(テル)」は、その後に続く単語を、受動態の「させられる」に変化させる特徴をもつ。ちなみに「lambat(ランバット)」は遅いという意味。つまりインドネシア人にとって遅刻は「する」のではなく、目に見えない存在によって「させられる」ものかもしれない。国民の約90%が信仰するイスラム教がこの地に伝来する以前から、アニミズムはインドネシアに根付く。パスカルさんも「精霊やお化けを信じている」と言う。

■ジャカルタは渋滞ワースト1

第三の理由は「交通インフラの不備」だ。

ジャムカレットについてパスカルさん自身、「インフラ整備が行き届いていないことが最大の理由」と考えている。「渋滞やアンコット(公共の乗合バス)の遅延が日常茶飯事だから」と頭を悩ます。

世界40カ国以上に支社をもつモーターエンジン会社カストロールによると、2015年の世界で最も渋滞が深刻な都市は、インドネシアの首都ジャカルタだった。同じ東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国のタイ・バンコク(8位)、フィリピン・マニラ(トップ10外)よりも上をいく。インドネシア第2の都市スラバヤも4位にランクイン。渋滞問題は現在、ジャカルタだけでなく国全体の社会問題と化す。

ノナさんいわく、ゴムの時間が伸びることはあっても、縮むことはほとんどないという。インドネシアのジャムカレットに慣れてしまいそうな私。1年後に日本に帰ったとき、時間にきっちりとした生活を窮屈に感じるかもしれない。私は今からちょっと心配になった。