タイ西部にあるミャンマー(ビルマ)難民キャンプには、祖国ミャンマーを追われてきたために自らの民族アイデンティティを失いかけている難民が少なくない。NGOシャンティ国際ボランティア会はかねてから、自分の民族の言葉で絵本を読んでもらうことで民族的ルーツを再確認する場を提供する活動に力を入れてきた。その柱が難民キャンプでの「難民図書館」の運営だ。ところが近年は、リーダーになりうる青年を育てる場、ミャンマーに今帰還すべきかどうかを判断する情報を得られる場にもなり、その役割は広がっている。
■引きこもりからスタッフに
難民図書館には1館あたり1万冊を超える本がある。その大半はカレン語かビルマ語。日本でお馴染みの「おおきなかぶ」(福音館書店)や「まるまる だーれ?」(童心社)などの絵本も翻訳され、本棚に並ぶ。
難民図書館は本をそろえるだけではない。カレン族をはじめ、キャンプで暮らすそれぞれの民族の伝統や文化を次世代につなげていけるよう民話も出版する。「内戦・貧困などが重なって、民話が途絶えてしまう現状を目の当たりにしてきた。だから、キャンプ内の人たちから集めた民話をしっかり継承したい」とシャンティのスタッフは話す。
シャンティはこれまでカレン族の民話を中心に扱ってきたが、2014年からビルマ語の民話をもとにした絵本の出版にも力を入れ始めた。キャンプのカレン族たちが他の民族の文化も尊重できるように、とビルマ族の民話をシャンティのスタッフがカレン語に翻訳する。2014年にはベルマークからの支援金を使い、ビルマ語の絵本『知ったことではない』を1000冊出版。キャンプ内の図書館や学校、NGOなどに配った。
難民図書館は人を育てる場でもある。難民図書館の運営を担うのは図書館青年ボランティアのメンバーたちだ。そのひとりティクトゥーさん(23歳女性)は、子どもたちに読み聞かせなどをする図書館青年ボランティアとして5年間活動した後、バンドンヤン難民キャンプの図書館担当のシャンティの職員となった。
ティクトゥーさんは、実は2歳からバンドンヤン難民キャンプで暮らしている。ある過ちから13歳で結婚せざるを得なくなった。その噂がキャンプの中で広まったことで、2年間家に引きこもりがちだったという。
ところがある日、友人の誘いで難民図書館に行き、子どもへの読み聞かせや人形劇をやるようになった。すると持ち前のリーダーシップを取り戻し、子どもたちから「先生」と慕われるように。親たちがティクトゥーさんを見る目も変わった。「図書館によって私は完全に自由になった」と語る。
■ミャンマーに帰るべきかどうか
難民キャンプではここ数年、難民が本国ミャンマーに帰る動きが加速している。対立していた少数民族組織「カレン民族同盟(KNU)」とミャンマー政府が2012年1月に停戦合意したことで、2016年11月までに1万人近くの難民が帰還した。
また、2016年のタイ・ミャンマー両政府が合意した帰還プロセスに則って20家族71人の難民がミャンマーに戻った。だが難民の中には、帰っても家はあるのか、教育や医療へのアクセスはあるのか、地雷などの危険はないか、仕事はあるのかなど不安は濃く、帰還を希望する難民は多くない。
シャンティ広報課の鈴木晶子氏は、帰還の動きが加速しても難民図書館は続けたいと語る。「子どもにとって、どんな状況でも心の拠り所となる場所をもつことは大事。難民図書館は居場所のひとつになっている」というのが理由だ。
難民キャンプは大人にとってはミャンマー国内の情報を得る貴重な場になっている。「シャンティの役目のひとつは、ミャンマーに今帰還すべきかどうかを難民たちが判断できるような情報を届けること。難民キャンプの中にいると、外の世界の動きを知ることは難しい。難民図書館にはミャンマーの新聞や本を置いてある」(鈴木氏)
ミャンマーとタイの国境沿いには7つの難民キャンプがある。ミャンマー国軍との紛争を逃れて1970年代以降に移り住んだカレン族をはじめ約10万人の難民が暮らす。シャンティは2000年から現在まで21の図書館を建設し、運営している。