スーダンの首都ハルツームではバスから降りる際、乗客は、クムサーリと呼ばれる乗務員(コンダクター)に「止まって!」と合図を送らないといけない。ユニークなのはそのやり方が男女で異なること。女性は指をパッチンと鳴らすが、男性は指パッチンでも、唇の間から空気を出し「クスクス」という音を出してもいい。クスクスのほうが日本人にとっては簡単だが、これは女性にとってご法度の行為。なぜなら男性を誘惑するしぐさだからだ。
「パンパンパンパン」。混み合ったバスの中で、指を弾く音が鳴り響く。乗客が降りるのだ。スーダン人にとっては簡単な指パッチンだが、日本人(特に私)にとっては難しい。ハルツームで毎日バスに乗る身からすればバスから降りるのは一苦労だ。ちなみに日本人以外の外国人が地元のバスに乗るのを私は見たことがない。
指パッチンは難しくても、クスクスなら簡単だ。「私は指を鳴らせないから、クスクスと言いたい。そうすればバスから簡単に降りられるでしょ!」と私はスーダン人に相談してみた。すると知り合いのスーダン人全員から「やめろ。女性がするしぐさではない」と全力で止められた。なので私は仕方なく「指を鳴らすしぐさ」をして、音は鳴らないけれどそれに気づいた周りのスーダン人に指パッチンを代わりにやってもらい、バスから降りる。ただ、たまに座る位置が悪いとスーダン人に気付いてもらえず、目的地を通り過ぎることもあるが‥‥。
クスクスはスーダン人が異性の気をひきたいという合図だ。ただ道端で知らない異性にクスクスすることは失礼とされる。ここスーダンは国民の9割以上がイスラム教徒。女性が公の場で男性をナンパすることはもちろんハラム(禁忌)。スーダン人男性のイスマイルさんは「女性から男性に『付き合いたい』と言うのは恥ずかしいこと」と話す。20代の男性モハメド・アリーさんも「クスクスと女性が言うと、男言葉のようではしたなく聞こえる」と顔をしかめる。余談だが、既婚女性が夫にクスクスとすると誘惑の合図になるという。
クスクスは、実は男性もバスを降りる以外ではあまり使わない。「路上でクスクスと言うと、ナンパみたいになってしまう」とモハメドさん。道端で男性が女性にクスクスすれば、女性に気があるという意味になる。私が道を歩いていると、まれにクスクスと言ってくるスーダン人がいる。アジア人女性が一人で歩いているのがめずらしいのか、からかってやろうというわけだ。
ハルツームに住むスーダン人の多くは敬虔なイスラム教徒。女性は外出する際、タルハと呼ばれるスカーフで髪を隠し、くるぶしまで隠れるスカートと長袖シャツを身に付ける。若い世代の価値観は変わってきているようだが、それでも男性と女性に明確な区別があるのがスーダン社会。20代のスーダン人男性のモハマド・ミルガニーさんは「男性と女性でバスの降り方が違うのは自然なこと。イスラムの価値観では女性は静かにしているもの。クスクスという失礼な言葉を女性が使うべきではない」と説明する。
ハルツーム市内は常に渋滞して騒々しい。車線を無視して我先にと割り込む車がクラクションを「ブーブー」と鳴らす中、スーダン人はきょうも大きな音でパッチンと指を弾いて、さっそうとバスを降りていく。