世界共通の目標として国連が2015年に採択した「持続可能な開発目標」(SDGs)は「誰一人取り残さない」という理念をうたう。この理念はSDGsの前身であるミレニアム開発目標(MDGs)の反省から生まれたものだ。MDGsでは「支援しやすい分野、支援したい分野」から着手するというアプローチだった。「その結果、貧困層の数を半減させるなどの効果もあったが、やりにくい分野、誰もやりたくない分野が取り残されてしまった。そのひとつが薬物使用によるHIV感染の問題だ」とSDGs市民社会ネットワーク(SDGsジャパン)の稲場雅紀専務理事は話す。
■援助は自己満足でいいのか?
取り組みやすい分野として稲場氏が挙げるのはエイズ遺児支援だ。エイズ遺児をかわいそうだと思う人は多い。このためHIVの母子感染予防やエイズ遺児が学校に通うための資金は集まりやすい。ところがこの結果起きたのが支援する側の自己満足だ。
稲場氏は「援助国や社会起業家、資産家、民間財団などの多くは、自分の興味がある問題を選び、解決しようとする。地球規模で見て、どの問題が重要かを客観的に考えたうえで、取り組む課題を選んでいるわけではない」と警鐘を鳴らす。
対照的に、誰もやりたがらず、取り残されてしまったのが、旧ソ連地域をはじめとする、薬物を使用する人々のHIV感染予防だ。ロシア連邦保健ケア省や世界保健機関(WHO)などのデータによると、ロシアでは人口の約1%にあたる約100万~150万人がHIV陽性。この70%以上が、薬物を使うための注射針の使いまわしによる感染といわれる。ちなみに日本のHIV陽性者は約2万人で、性交渉による感染がほとんどだ。
薬物使用によるHIV感染の拡大を止めるうえで効果があるのは、薬物使用者に注射針を供給し、使用済みの針を回収して、注射針の使いまわしを防ぐ「ニードル・エクスチェンジ」だ。この政策は、海外からの援助が入っていたときは実際に導入されていた。
しかしロシアが高所得国となり、海外からの援助が途絶えて国内資金で予算をまかなわなければならなくなると、警察や国会議員から「麻薬をさらに広げることになる」「“麻薬中毒者”を助けるために税金を使うべきではない」といった反対意見が出て、この取り組みは中止に追い込まれた。こうした難しい問題についても「『だれ一人取り残さない』精神で取り組もう、というのがSDGsの理念だ」と稲場氏は言う。
■ルワンダ大虐殺以上の惨事?
地球規模で見ると、現状のままで世界の国々が成長を続けるのは不可能との予測が現実味を増している。1972年に「ローマクラブ」が出した報告書「成長の限界」は「このまま成長を続けると、21世紀前半に経済が破綻し、その後、継続的に人口が減少。人類は衰退する」と警告する。「成長の限界」は、国際シンクタンク「ローマクラブ」が食料生産高、工業生産高、サービス生産高、再生不能資源量と世界人口をコンピューターでシミュレーションした結果をまとめたものだ。
オーストラリア人の物理学者グラハム・ターナー氏は2008年に、「成長の限界」での予測値と、1970~2000年の実測値を比較し、ほぼ予測通りの値となっていることを発表した。
アフリカでは現在、急激に人口が増えている。国連によると、サブサハラ(サハラ砂漠以南の)アフリカの人口は2017年時点で約10億人だが、2030年には約15億人に達するとみられる。世界人口も2017年の約76億人から2030年には約86億人に増加する見通しだ。ところが「成長の限界」のシミュレーションでは、21世紀前半に経済破綻が起こり、その後、人口は継続的に減少するとされる。
これは何を意味するのか。1994年のルワンダ大虐殺では、5カ月で約80万人が殺された。だがルワンダの総人口は減らなかった。「自然の状態では増えるはずの人口が、資源の制約によって減るとすれば、大変なことだ。日本の人口のような自然減とは違う。利用できる資源の減少は、貧困や飢餓を招き、紛争が頻発し、人が死ぬことを意味する」と稲場氏は近い将来起こりうる事態の深刻さを強調する。
資源の限界を超えないためには、食料や工業製品の増産を目指すのではなく、格差を是正し、分配のあり方を変える必要がある。「SDGsはこのままでは『続かない』世界を『続く』世界に変えるためのひとつのツールになる」(稲場氏)