トランプ米大統領の「エルサレムをイスラエルの首都と認定する」宣言を受け、日本のNGO「日本国際ボランティアセンター(JVC)」は12月21日、緊急報告会「トランプ政権『エルサレム首都宣言』の衝撃と、パレスチナの人びとの声」を開催した。パレスチナ自治区では現在、エルサレム首都宣言に対するパレスチナ人によるデモやタイヤを燃やしての抗議が激化している。エルサレムから一時帰国中の山村順子(よりこ)JVCパレスチナ事業エルサレム事務所現地代表は「パレスチナ人たちは単に今回の宣言に怒っているのではない。イスラエルによる今までの抑圧や人権侵害の積み重ねが、トランプ大統領の発言をきっかけに爆発した」と解説する。
■トランプは自分の利益しか考えていない
イスラエルが実効支配する東エルサレムで、外国人旅行者向けにパレスチナの現状を伝えるツアーを手がけるパレスチナ人女性フェイルーズさんは、今回の報告会にスカイプを使って参加した。東エルサレムはパレスチナ自治政府が首都とし、多くのパレスチナ人が住むエリアだ。フェイルーズさんは「今回の宣言は、1948年(第1次中東戦争)以来のイスラエルによる占領の歴史を公式なものとしてしまった」と憤る。
フェイルーズさんによると、イスラエル政府は、1967年に東エルサレムを占領し始めた当時の人口比である「イスラエル人70%、パレスチナ人30%」を維持するため、パレスチナ人に対する人権侵害を繰り返してきたという。「イスラエル政府は家の建て増しを禁止し、建て増しをしたら違法建築として破壊する、パレスチナ人向けの病院を整備しない、仕事に就かせない、地名や駅名をアラブ名からヘブライ名に変えるなど、さまざまな方法でパレスチナ人が生きていけないようにしている」とフェイルーズさんは話す。
パレスチナ自治区のヨルダン川西岸地区にあるベツレヘムに住むアラブ人クリスチャン男性のウサマ・ニコラさんはJVCの現地駐在員のインタビューに対し、「パレスチナ人への(イスラエル政府による)弾圧が強まっている。(トランプ大統領の宣言以降)430人以上のパレスチナ人が逮捕された。うち100人はジャーナリストだ。非暴力のデモも弾圧されている。イスラエル政府によるパレスチナの土地収奪も増えている。トランプ大統領はパレスチナ人の権利を無視している。自分の利益しか考えていない」と語ったという。
■私たちは家畜ではない
山村氏によると、東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区の内外には522カ所(2011年)の検問所があり、パレスチナ人の居住地区はイスラエルによって管理されている。「パレスチナ人たちは検問所を通るために列を作り、通勤や通学のために無駄に時間を奪われるだけでない。検問所を通過できなくて病院に行くことができない、家族や親せきに会うことができないといった人権侵害も起きている」(山村氏)
希望を失ったパレスチナの若者がイスラエル兵をナイフで刺す事件は、数カ月ごとに発生している。「パレスチナの小学生に将来の夢を聞くと、『殉教者になること』と誇りをもって言う子もいる。これはとても悲しいこと」と山村氏は案じる。
パレスチナ自治区のガザ地区では事態はさらに深刻だ。外部との出入口は2カ所しかない。電力と水は常に不足している。山村氏によると、2017年12月には電気が供給されたのは1日に3~4時間だ。8割が難民(パレスチナ人)で、国際援助に依存している。失業率は60%にものぼるともいわれ、ガザで一番の大学をトップクラスで卒業しても職がない。奨学金を得ても国境が超えられず留学できない。ガザの住民は「私たちは飼い殺しにされている。私たちは家畜ではない」と訴えているという。
パレスチナ自治区でも、イスラエルのインフラを使ってではあるが、インターネットに接続できる。ガザ在住の女性もスカイプで今回の報告会に参加した。駐日米国大使館の前で日本人が抗議のデモをしたとのニュースについて「アラブ人だけでなく、普通の日本人も抗議してくれていることは大きな助けになる」と話す。
だがインターネットにつながることは良いことばかりではない。パレスチナ人たちはメディアの情報は偏っていると考え、あまり信用していない。自分たちで撮ってきた映像を共有しあう姿がよく見られる。山村氏は「SNSによって、さらに怒りが拡散、連鎖している」と危惧する。
■フランス・日本・中国に仲介してほしい
イスラエルとの和平を巡っては、パレスチナ人の間でも意見が分かれている。「イスラエルという国は存在しない。今イスラエルとされているところも、全部パレスチナという国。パレスチナの首都がエルサレムだ」と主張するパレスチナ人は多い。こうしたパレスチナ人たちは、イスラエルとパレスチナが相互に承認しあう1993年の「オスロ合意」も認めていない。フェイルーズさんは「今までの和平プロセスはすべて間違いだった。振りだしに戻して新しく始めるべき」と言う。
一方で、イスラエルとの共存を考えるパレスチナ人もいる。東エルサレムで書店を経営するアフマドさん親子は「平和を得るために妥協する用意はある。イスラエル78%、パレスチナ22%(1988年にパレスチナ解放機構=PLOのアラファト議長が提案した『二国家共存』構想での土地配分)でも良いから、パレスチナ人もイスラエル人も誰もが平等に暮らせると良い」と話す。「トランプ大統領はオスロ合意をぶちこわした。アメリカはもう信用できない。フランス、日本、中国に仲介者となってほしい」と期待を寄せる。
国連は2017年12月21日、エルサレムをイスラエルの首都に認定した決定は無効とする決議を、賛成128カ国、反対9カ国、棄権35カ国の賛成多数で採択した。トランプ大統領はこの決議案に賛成票を投じた国には援助を停止すると示唆していた。反対した9カ国は米国、イスラエル、グアテマラ、ホンジュラス、マーシャル諸島、ミクロネシア、パラオ、ナウル、トーゴ。
日本政府は決議には賛成票を投じた。ただ国連総会での発言は控え、曖昧な態度をとった。菅義偉官房長官は記者会見で「当事者間の交渉により解決すべきであるという立場に変わりはない」と発言した。JVCは12月22日、日本政府に対して「エルサレム首都認定」に強く反対の意思を示すことを求める要請文を提出した。