“ベナン人で知らない人はいない”といわれる社会派のミュージシャンがいる。ベナン最大の都市コトヌーを拠点に活動するカマル・ラジ氏(29)だ。鉄琴をシンプルにしたようなベナンの伝統楽器でリズムをとり、ポップなメロディーで歌う。「若者よ!ベナンの発展のために立ち上がれ!」といった政治的メッセージを歌に乗せているのが特徴だ。音楽以外にも、政治運動家や社会起業家の顔ももつ。カマル氏には「アフリカのイメージを変えたい」という強い思いがあるからだ。
「フランスに支配されている」と歌う
カマル氏の名がベナン中に知れ渡るようになったのは、2012年に「Assume ta Jennesse(アシューム・タ・ジュネス)」という曲を発表したときだ。この曲には次のような一節がある。「ベナンを発展させるのは俺たちだ! 俺たちは自分の国に誇りをもつべきだ!」
この曲が収録されたアルバムの値段は2000セーファーフラン(CFA、約400円)。1カ月の最低賃金が4万CFA(約8000円、30日で割ると約1333CFA=約267円)のベナンで、1万枚も売れたという。iTunesでこの曲だけ買った若者も多かった。違法コピーのCDが出回り、ユーチューブで曲を聞けることを考えれば、人口およそ1000万人のベナンでは大ヒットだ。
カマル氏は言う。「多くの歌手は、愛や人生、悲しみなどを歌う。だが俺は違う。政治的なメッセージを伝えたい。アフリカの人を刺激したい。俺の音楽は、ベナンだけではなく西アフリカの人たちに向けたサインで、メッセージだ。俺の歌を聞いて、アフリカの人たちに立ち上がってもらいたい」
彼の言う政治的メッセージとは「西アフリカの人たちはいまだに、西アフリカの共通通貨CFAというツールによってフランスに支配されている。CFAは、西アフリカの人たちから自由を奪っている」ということだ。
カマル氏の歌が爆発的に人気を集めた理由のひとつは、鉄琴をシンプルにしたようなガンコウコウ(Gankouekoue)というベナンの伝統的な楽器を曲の中で使ったことだ。ギターやドラムなどの洋風な楽器はあえて使わなかった。ガンコウコウをポップな曲に採り入れたミュージシャンは彼が初めてだった。これがベナン人の心をつかんだ。
俺たちが使うお金はフランスから来る
カマル氏は単なるミュージシャンではない。政治運動家としても国内屈指の知名度を誇る。しかもベナン国内だけではなく、西アフリカ全体でも有名だ。
彼の代表的な運動のひとつが「CFAの廃止」を呼びかけたこと。2017年に、コトヌーを含むベナンの4つの主要都市で、フランス支配の名残であるCFAをなくそう、と訴えるデモ行進を主宰した。「CFAは西アフリカの経済を悪くしている」というのがカマル氏の主張だ。
このデモ行進には発端となった事件がある。デモが起きる直前、フランスとベナンの両国籍をもつ汎アフリカ主義者の活動家ステリオ・カポ・チチ(通称:ケミ・セバ)氏が、同じ西アフリカのセネガル国内でCFAの札を燃やすパフォーマンスをした。「CFAの対ユーロ相場を決められるのはフランス政府だけだ。CFA札を燃やしたのは、フランス政府に対する抗議だった」(カマル氏)。ケミ・セバ氏はこの一件で、セネガル政府から国外追放を受けた。
この事件はメディアに大きく取り上げられた。セネガルとベナン以外の西アフリカ中にもCFAに反対するデモが広まった。「俺たちが使うお金なのに、フランスから来る(フランスで印刷される)。おかしい」とカマル氏は言う。
カマル氏が先導したもうひとつの大きな運動は、北アフリカのリビアでベナン人を含む黒人が人身取引されていることに反対するデモを2018年1月にコトヌーで打ったことだ。
リビアは、アフリカ大陸から欧州に逃れる際に経由する国のひとつ。そこで、ベナン人ら黒人が人身取引されるケースが後を絶たない。デモでは「リビアで捕らえられ、奴隷として働かされている黒人の解放」を訴えた。