タイでは5月17日にラマダン(断食月)が始まった。アンダマン海に浮かぶ、タイ南部トラン県の小さな島「スコーン島」の島民は95%がイスラム教徒。だが農夫でイスラム教徒のジャタックさん(45歳)は「(日の出から日の入りまでは断食をしないといけない)ラマダンでも、お腹がすいたらご飯を食べる。だって食べなきゃ力が出ないでしょ」と語る。
■宗教はワークライフバランス?
「スコーン島では島民の6割くらいは昼間でも飲み食いする。ほとんどがイスラム教徒だけど」。ジャタックさんはこう暴露する。
ただそれにはれっきとした理由があるようだ。スコーン島の島民の多くは漁業や農業、天然ゴムのプランテーションなどの第一次産業で働く。いずれも肉体労働だ。生きていくためにはラマダンであっても、働かなければならない。
ナス、空芯菜、キュウリなど約10種類の有機野菜を育てるジャタックさんは毎日、農作業に忙しい。5月はまだ暑い時期。朝晩の水やりは欠かせない。「ラマダンの期間は普段より仕事の量を減らす。でも力のいる仕事ばかりなので、ご飯を食べないで働くことは無理」と現実を口にする。
ジャタックさんの夫のバンメンさん(47歳)は漁師だ。「漁に出るときは朝も昼もご飯を食べる。でも漁に出ない日は日没まで何も食べない」。仕事とのバランスを考えて、イスラムの教義に従うかどうかを判断しているようだ。
■子どもは断食しない
ラマダンの金曜日は、普段はモスクに行かない働き盛りの男性たちも礼拝に集まる。バンメンさんもその一人。「普段は毎日漁に出る。だからほとんど礼拝に行けない。でもラマダンの金曜日は仕事を休んで、息子を連れてモスクに行く」と嬉しそうに語る。
バンメンさんによると、スコーン島には2つの小学校と1つの中学校があるが、ラマダンでも給食が出るという。「子どもたちに断食はない。育ち盛りだからしっかり食べないと」とバンメンさんは語る。
断食を実践する島民ももちろんいる。仕事をしなくなった高齢者たちだ。高齢者の多くは日頃からモスクに通う。ラマダンに入ると日の出から日没までは断食し、水も一切飲まない。日が暮れる夕方5時ごろまで家の中でじっとしている。
■ヒジャブも被らない
スコーン島のイスラム教徒の女性たちはヒジャブ(女性が顔に巻くスカーフ)もあまり被らない。ヒジャブを被るのは女性の1~2割程度。大人の女性たちの間では、ヒジャブよりも、髪をまとめて入れるニット帽のようなものが人気だ。
ジャタックさんは今まで一度も日常生活でヒジャブを被ったことがないと言う。「イスラムの教えに反抗したいからではない。単純に暑い。だから被りたくないだけ」と説明する。
「イスラム教は、○○しなきゃいけないとか、ルールがたくさんありすぎ。全部はできないけれど、豚肉を食べない、お酒を飲まないなど、自分が納得しているものは実践している」(ジャタックさん)
タイ南部ではイスラム過激派によるテロが相次ぐ。2004~17年の14年間で7000人近くがテロで死亡したとされる。タイ国内でも「イスラム教徒は「アンタライ(危険)だ」とのレッテルが貼られる。
柔軟なイスラム教徒であるジャタックさんは言う。「テロを起こすのは一部の過激な人たち。ほとんどのイスラム教徒は平和に穏やかに暮らす。イスラム教は決して危ないものではなく、平和的なものだということをもっと多くの人に知ってほしい」